最果ての地 裏口 50000記念SS

見た狂門・改 しゃむてぃるさん

 時はとにかく江戸時代。
 瑠璃子一行、即ち月島 瑠璃子、長瀬 祐介、月島 拓也、新城 沙織、相原 瑞穂は諸国行脚の旅をしている。
 表向きは暇に飽かせた物見遊山と言った風情ではあるが、その目的は世にはびこる不正を正すこと。
 すなわち、世直しの旅である。
 
 
 

「くすくす、前回と同じだね……」
「瑠璃子さん、どこ見てるの?」
「なんでもないよ、長瀬ちゃん」
「瑠璃子さん、祐くん。どうしたのーっ?!」
「あ、今行くよー、沙織ちゃん」
「別に良いけどね……くすくす……」

 旅を続ける瑠璃子一行は、最果て国の奥地にあたる「裏」へとやってきた。
 ここは開けた土地にある表に比べ、山間にあるためか人も少ない。
 とはいえそこへ至る道は一応街道のようであり、道もそれなりに整備されている。

「お腹すいたねー、祐くん。」
「沙織ちゃん、もうすいてしまったの?」
「そんなこと言ったって、もう峠一つこえたんだから……」

 瑠璃子一行は船着場にある入り口から峠を越えてきたのだが、朝に出立してそろそろ夕刻である。
 とはいえ、峠の手前にあった茶屋で沙織が団子3皿を平らげたことは既に忘却の彼方にあるようだ。

「うむ、そろそろ宿場町だろうし、狂は……もとい、今日はそこで宿をとるのも良いかもな」
「月島さんもこう言ってるし、ねっ? ねっねっ?」
「うーん、どうする瑠璃子さん?」
「………………」

 ぼうっ……と見ているのか見てないのか解らない瞳で道の先を見つめる瑠璃子。

「瑠璃子さん?」
「瑠璃子、どうした……まさか何か調子が悪いのか?! どうなんだ瑠璃子!」
「祐介ちゃん、お兄ちゃん……感じない?」

 その様子と言葉につられ、祐介も拓也も念じる。

「……確かに、な」
「この道の先のようだね、急ごう!」

 瑠璃子達は道の先、即ち電波の発信源へと駆け出した。
 下り坂を加速を付け一気に駆け下りて行く。

「え? え? どうしたの? 待ってよみんなぁ〜」

 ………約一名忘れられたようだ。
 
 
 

 祐介達から山を下ること200m程。
 初老の男と若い娘によって引かれている一台の荷車を、頭巾によって顔を隠した野盗らしき10人程が取り囲んでいた。

「おらおらぁ」
「や、やめてくだされ」
「うるせえんだよ、じじい!」
「おとなしく荷物を渡せばいいんだよ」
「駄目ですじゃ、これを取られたら……」
「いいから渡せってんだ!」

 すがる初老の老人を一蹴し、荷馬車を奪い取りそのまま引いて走り去ろうとする。

「行かせませんっ!」

 そうは行かせるまいと娘が手を広げ立ち塞がる。

「この娘めぇ……どけっ!」
「きゃぁっ!」

 腹を立てた野盗の一人が娘に拳を振り上げた、まさにその瞬間。
 その拳が振り上げたまま、微動だにしなくなる。

「どうした? なに遊んでんだ?」
「…………」
「まあいい、俺達は先にいってるぞ」
「そうだな、まあ俺一人でも運べ……る…………」

 今度は荷馬車を引こうとした男が動かなくなる。

「おいおい、どうした。運べねえってのか?」
「脚が動かない……」
「な、なんだ? おい、冗談はよせ!」
「くすくす、どうやら間に合ったようだね」

 そこへ駆けつけた瑠璃子一行。
 『間に合った』のではなく、『間に合わせた』のは言うまでも無い。

「なんだあ、手前らは?」
「越後のちりちり問屋だと思うよ」
「はあ? 思う?」
「たぶんね」
「で、後ろの息を喘いでいる二人は?」
「御付きの者……かな? くすくす……」
「???」

 困惑する野盗達であったが、元々考えるのは性に合わない。
 すぐに立ち直り、瑠璃子達に向かい合う。

「けっ! 女一人、男二人くらいだ! たたんじまえ野郎ども!」
「そんなことすると……」

 瑠璃子の目が月夜の湖のごとき深さを見せる。その底の無い深さには闇を伴う。

「……天罰が下るよ」

 言い知れぬ心の奥から沸く恐怖に野盗達は怯えていたが、その内の一人が気丈にも刃物を抜き一歩前に進み出る。

「て、天罰なんか怖くてこんなことできできできできできできでき……」
「そうだね、天罰が下るよ。 例えばこんなのが、ね」
「瑠璃子の言うことに間違いは無い……」
「ああああああたまがががががが」

 ようやく息を整えた拓也と祐介が、ゆらりと意識を集中する。
 祐介は目を閉じ、拓也は細目を僅かに開いて電気の粒を集め、それは奔流となり野盗どもの脳を駆けぬける。
 

「なんだ? なんだ? なんだ?」
「やめてやめてとめてぇ」
「ほら、天罰が下ったね」

 元々弱い野盗の意思は、嵐に舞う木の葉のごとく散り散りに吹き飛ぶ。
 下ったねって下らせたんでしょ、という密かなつっこみすら奔流の前には無意味である。

「わわわわわわかりわかりましたああああ」
「くすくす、もう悪いことしない?」
「はいはいはいはいはい」
「もちもちもちろんですですです」
「そう、ならば許してくれるんじゃないかな?」

 瑠璃子のその言葉と同時に、ぴたりと野盗どもの悶えが止まる。
 ようやく自分の意思と体が繋がった野盗はほうほうのていで逃げ出し去っていった。

「ねえ、大丈夫? 怪我は無い?」

 出足は大幅に出遅れたものの間も無く追いついた沙織が、あっけに取られたままの父娘に声を架ける。

「沙織ちゃん、どう?」
「うーん、ちょっと待ってね。 おーい、もしもーし?!」
「あ、えっと、私は大丈夫です。 お父様?」
「あ、ああ……大丈夫、大丈夫だ」

 座りこんだままの父を娘は肩を貸して起こす。

「助けて頂き、申し訳無いことですじゃ」
「私からも。 どうもありがとうございました」
「全然大したことないよ、くすくす……」
「まあとりあえず、どこかで休憩を取った方がいいんじゃないかな?」
「あ、私達は次の集落に荷物を運ぶところなんです。 宿も取ってますので宜しかったら……」
 
 
 

 という訳で山間にある宿場町で問屋街でもある「置場」

 大きな倉庫が多いのが特徴のようで、人や町並みもそこそこである。
 どうやら荷物の集積場であるようで、通常の商店より問屋の方が多い。
 父娘は宿に寄った後、荷を問屋に卸し再び宿に戻ってきた。

「ありがとうございました、荷も無事に卸せましたじゃ」
「改めて、危ないところをありがとうございます」
「ぜーんぜん、大したことじゃないよ。 あーんな奴等私達に掛かれば簡単なもんだって」
「沙織ちゃんは何もやってないんじゃ……」
「あ〜〜、祐くんひどーい」

 ひとしきりの笑いが納まった後、拓也が問う。

「しかし、何を運んでいたのですか? 失礼だが、それほど貴重そうには見えないが」
「ええ、これはここを拠点にする問屋で商人の四戸鳥様に納める穀物なんですが」
「うーん、あいつらお腹空いてたんだ。だからきっと狙ってたのよ」
「…………」

 しばしの沈黙。

「ところであいつ等は? 野盗のようですが」
「恐らくこの辺りを荒らしている野盗ですじゃ」
「これまでもかなり現れているんですか?」
「はい、それはですね……」

 祐介の質問に今度は娘の方が答える。
 娘の話を要約すると……

 父娘はこの置場から一寸離れた集落に住んでおり、ここの問屋の横取屋に荷を納めに来たところを襲撃された。
 野盗はここしばらく襲撃を繰り返し、この問屋街を中心とした街道で運送中の荷を狙ってくるらしい。
 殺しはしない上にたまに現れて荷を奪うだけなので、役人も本腰を上げてくれない。
 取り締まりに動いてもその時は動かないので、捕らえるどころか手がかりすら掴めていない。
 ごくたまに現れるのだが、狙う荷は特定されてない様子である。

「あんな奴等がのさばれるなんて……許されていいとは思えないです」
「わし等では……どうすることも出来んよ」
「お父様! そんなの良くない! そんな世の中……」
「うーん……」

 親娘の会話をよそに、祐介は何やら考え込む。
 
「祐介ちゃん、どうしたのかな?」
「うん、荷が特定されていない。 その上たまにってことは……」

 拓也がはっ、と気付く。

「そうか、少なくとも買い取っている問屋がいるってことだな」

 拓也の言葉に今度は全員がはっとする。

「そうだね、あの人達が野盗だけで生活するのならば、かなり襲ってないといけないし」
「そう、もしかしたら襲わせるのも問屋の指しがねかも知れない」
「そ、そんな……まさか」
「問屋から卸せば出元は解らないし、品が入って金が要らないならまるまる儲けになるし」
「なるほど、ならば情報が漏れても当然だな」
「許せないよね、お腹が空いたからって襲うなんて!」
「………………」
「………………」
「…………沙織ちゃん、そこまでは断定できないよ」
 
 
 

 その夜。

 父娘は別の部屋へと戻り、瑠璃子たちは打ち合せをしていた。
 無論昼間の野盗に対しての協議である。
 そこへ降りてくる影。

「瑞穂ちゃん!」
「あの、今回は私だけじゃないんです」

 もう一つの影が瑞穂の隣に降りてくる。

「あ、香奈子ちゃん」
「お久しぶりみんな!……月島さん」
「ああ」
「くすくす、良い頃合だね」
「所で太田君、調べはどうなったかね」

 拓也は狂門様御付きの忍び部隊「生徒会」の取りまとめ役である。
 瑞穂も香奈子もその一員であり、瑞穂は狂門一行とほとんど同行しているが、香奈子はやや外廻りが多い。

「あの奴等はどうやら単なるゴロツキのようで、一年ほど前にどこからか流れ着いたそうです」
「藍原君の方は?」
「はい、ここの問屋の四戸鳥屋さんに出入りしているようですけど……」
「ううむ、やはり長瀬君の推測通りのようだな」
「さっすが祐くん、えらいっ!」
「さ、沙織ちゃん……」
「あの……」

 和気藹々とする一同だったが、瑞穂はあえてそれに口を挟む。

「どうしたの、みずぴー?」
「あの、もしかしたら単なる知り合いかも知れませんし、四戸鳥屋さんは関係無いかも……」

 皆一瞬止まるが、しょうがないなあと苦笑する。
 ただ、当の瑞穂だけは何故だか解らず困惑していたが。

「くすくす、ならばね……」

 一時の時が流れ、手筈が整えられる。

「うん、そんなものだね」
「そうだな。異常だ……でなくて、以上だ、藍原君、太田君」
「はい」
「解りました」
「あ、あともう一つ指令があるんだが、太田君」
「え……はい!」
「特命事項だ、君でないとな」

 香奈子の顔がぱっと華やぐ。
 そんな香奈子に対し拓也は僅かに目を開き……

「……風呂に入り給え」
 
 
 

「はあ……何故風呂なんだろう?」
「香奈子ちゃん、まあまあ」

 という訳で風呂。
 元々そこそこの大きさの民宿である為、風呂も二人ほど入れるのがやっと程度の大きさしかない。

「でも嬉しかったよね?」
「うん……会えるの久しぶりだし」
「うんうん」

 二人とも浴槽に入り、会話を交わす。
 肩までは見えるのだが、それより下が見えないのも御約束である。

「由紀ちゃんと美和子ちゃんは元気なの?」
「うん、元気元気! それがね……」

 会話の弾む瑞穂と香奈子であったが、

「――!!」

 香奈子は何かに気付くと同時に跳びあがる。
 瞬時に着替えている香奈子は、どこからか取り出した直径7寸程の鐘を開かれた窓に向けて投げつける!

 ごおおおぉん!!

「誰っ?!」

 香奈子は着地と同時に駆け、窓の外を見るがそこには誰もいなかった。
 僅かに血痕と一脚の椅子を残して……

「どこにいったのかしら、全く」

 香奈子が湯船から跳びあがって以降、目が点になっていた(眼鏡を外していたせいもあるが……)瑞穂はようやく気が付く。

「香奈子ちゃん、どこから鉄の鐘なんて出したの?」
「この鐘の音が聞きたかったから……」
「はぁ……」

 その数分後、宿の一室。
 男用に割り当てられた一室には祐介と拓也がいた。
 但し、拓也は頭に包帯を巻いて寝ていたが。

「やれやれ、月島さん大丈夫かな」
「あの……」
「この頭の怪我じゃあ戻ってこないかも……ってまさかね」
「祐介さん」
「え? って瑞穂ちゃん何時の間に?……あ」

 瑞穂の眼鏡の奥が潤む。

「祐介さん……」
「あ、いや、その、決して目立たないとかじゃなくて……じゃなくて!」
「…………」
「その……ええっと……」
「…………」

 沈んだままの瑞穂の頭。ますます焦る祐介。

「その、女の子は瑞穂ちゃんほど控えめな方が好みかな……」
「え?」
「い、いや、あ、あの……」
「祐介さん」

 真っ赤になる祐介に対し、瑞穂は重い口を開いた。

「なに?」
「……胸が、ですか?」
「い、いや、そんなこと気にしなくても! 確かに香奈子ちゃんに比べれば小さいけど……」
「祐介さん」
「は、はい?!」
「どうして……知っているんですか?」

 祐介、同罪に処される。(執行人  太田 香奈子)
 
 
 

 翌朝、宿の一室。
 瑠璃子一行と父娘一行が別れの挨拶をしていた。

「じゃあお願いするね、くすくす……」
「という訳でお願いねっ!」
「はは……はい、恩返しと思い、一生懸命やらせてもらいますじゃ」
「では、これにて失礼します」

 沙織の勢いに苦笑しつつも、父娘は宿を立った。
 瑞穂と香奈子は道具の調達の為、既に宿を立っている。

「ところで祐くんと月島さんは、なぜ頭に包帯巻いてるの?」
「い、いやこれはね……」
「そうだな、深い理由があるのだが」
「くすくす……」
「私達もいこっ! ぼやぼやしてたら日がくれちゃうかも知れないし」
「ふむ、藍原君の報告の通りなら、見張っているのがいるようだしな」
「じゃあ、いこうか瑠璃子さん」
「くすくす、そうだね」
 
 
 

 その数刻後。

 置場の数ある問屋の一軒、四戸鳥屋。
 その一室では店主である四戸鳥 長須(よこどり ながす)と野盗が密談していた。

「全く……役に立たないな、お前等」
「す、すんません。 長須様」
「しかしあの連中と来たら……」
「確かにな。 妙な連中だが、得体の知れない術を使うようじゃあ無理は無い」
「ええ、それもありまして」
「うむ、今回は仕方あるまい。 だが次はしくじるなよ」
「つ、次ですかい?」

 怯えの表情を露わにする野盗達。
 その様子を見、長須は不満を露わに一喝する。

「いいかお前達! そいつらが怖いとしても、そいつらが居なければ出来るだろうが!」
「え? それはどういうことで……」
「先ほどな、近くの集落で見付けた宝石の原石をここの問屋のどこかで売ろうとしている、って聞いたんだ」
「宝石の原石ですかい?」
「ああ、かなり大きいらしい。 その集落から昨日荷を納めた父娘の言うことだから、まあ間違いはあるまい」
「それを襲えと? い、いやその……」
「まあ聞け。 その一行が宿を出たのは確かめた。 更にやつらは出て行くのに対して原石はこっちに向ってくるんだ。 時が経ちさえすれば間違い無く会わないだろう」

 瑠璃子一行に会うことが無い。その台詞に野盗に僅かばかりの安心感が生まれる。
 その隙を見逃さず、長洲は囁く様に言う。

「その原石次第だが……御前達の給金を十倍はやろうじゃないか。 どうだ?」
 
 
 

 そしてその日の昼下がり。
 昨日瑠璃子一行と父娘が通った道を同じ様に荷車を引く一行があった。
 荷には布が被せてあり何かは解らないが、それなりの大きさと重さがあるようで男二人で引いている。
 あとは女房か何かか、女が二人後ろから軽く押していた。
 ただ、皆頭巾をしており人相は解らない。
 木々に囲まれた山道の軽い下りを四人で押して進む。 そこへ……

「まてまてまてぃ!!」

 道の両側の林に隠れていた野盗が飛び出し、少しの距離を開け前後を挟む。

「その荷を置いて行け!」
「え、これでございますか?」
「ああ、相当重そうだし、宝石の原石に間違いあるまい」
「宝石の原石? なんのことですやら……」
「いいから見せろ! おい」

 頭らしい男が隣の男に目配せすると、その男は荷車まで駆けより、被せてある布を引っぺがす。

「おい、どうだ? 間違いないか?」
「おおおおおおおおおかおかおかおか……」
「どうした? それほど素晴らしい品なのか?」

 荷を引く二人によって荷車の中が見えない頭は、好奇心を混ぜつつ苦笑する。

「うーん、素晴らしいのか解らないけどね」
「そうか……って、はぁ?」

 明らかに見に行った手下とは違う声に困惑する野盗一同。
 すると荷車からなにかが立ち上がった。

「くすくす……約束したよね?」
「ああああああっ! あんたは昨日の?! ってことはもしや……」
「そう、もしやさ……」

 荷を引く男女が頭巾を取ると、そこには瑠璃子一行が現れる。

「あ、あなた様達は? どうしてここに? なんでこんなことを?」
「嘘、付いたんだね」
「い、いや、その、あの、これは、その」

 困惑し混乱する野盗に対し、瑠璃子は最後通告を叩き付ける。

「嘘付いたら針千本脳に刺さるよ。 くすくす……」
 
 
 

 一方、四戸鳥屋の屋敷。
 長須は襲撃の結果を今や遅しと座って煙草を吹かしていた。

「ふぅ……遅いな。 まさかとは思うが、しくじったんじゃあるまいな」

 時は既に夕刻。 普通に荷を運んできたとしても、そろそろ着いているはずの時刻である。
 煙管の灰を灰の山に追加させ、新しい煙草草を詰め火を付け一吸いする。

「まあ良い、ならば今度はもっと狂暴な集団を雇って始末させるだけだしな……どちらにせよ頃合かもな」
「旦那様」
「なんだ?」

 そこへ奉公らしい子供が廊下に駆け、一度伏せた後に話始める。

「旦那様に荷車を届けに来た、と言われる方達が店の裏口にいらっしゃってますが」
「そうか。 判った、今行く」
「荷の確認と運ぶのは……」
「全部俺がやる。 御前は店の番をしていろ」
「は、はい。 解りました」
 

 僅かに首を捻る丁稚奉公を尻目にし、嬉々として長須は立ち上がり店の裏口へと足を向ける。
 そして裏口の戸を開ける、と野盗の頭が目の前にいた。
 一瞬ぎょっとする長須。 しかしすぐ気を取り戻す。

「おう! なんだ御前か。 びっくりさせるな」
「ダンナサマオトドケシマシタ」
「ああ、この荷車の荷なんだな?」
「ダンナサマオトドケシマシタ」
「ん? ああ、わかっている。 ちゃんと給金ははずんでやるよ」
「ダンナサマオトドケシマシタ」
「はあ? 御前ら、どうかしたのか?」
「……………………」

 長須は荷を運んできたらしい手下を見渡す。しかしながら手下含めたちは無言で全く微動だにしない。
 あたりで唯一喋っているのは野盗の頭だが、先ほどから同じセリフを繰り返し続けているだけである。
 その様子を不審に思いつつも、それよりも荷が気になる長須は荷車の荷へ近づく。

「まあいい。 さて、どれほどの物か検分してくれようかの」

 そして覆っている布を引き剥がすと……

「くすくす、何点かな?」
「は……………………80点」
「うーん、結構辛目なんだね」

 一瞬固まる長須。
 しかし目の前にあるのが宝石の原石でないことをようやく認知する。

「どわああっ!! なんだ御前は?!」
「うーん、越後のちりちり問屋だと思うよ」
「え、越後のちりちり問屋ぁ?」

 それと同時に廻りの野盗と思われていた連中が、頭巾を脱ぐ。

「間違い無いな、こいつが黒幕という訳か」

「僕の推測通りでしたね」
「流石です、祐介さん」
「やっぱり祐くん! えらいえらい!」
「そんな、たまたまだよ」
「くすくす……届いたのかな、長瀬ちゃん」

 全く予想外の展開に驚愕し放心する長須を差し置いて、和気藹々とする瑠璃子一行。
 だが呆けて見ていた長須も気を取り戻し、残りの数名である野盗に声を掛ける。

「おい、これはどうなってんだ? おい、御前!」

 近くに立っていた野盗の一人に掴みかかる長須。 その拍子で深々と被ってあった頭巾がはらりと落ちる。
 その手下の顔を間近で見、長須は再び驚愕する。

「な、なんだ? この生気の無さは? まるで人形じゃないか?!」

 その顔は表情のみならず、その瞳には何も写してはいない。 まさしく人形のごときである。
 長須は他の野盗の頭巾を取って顔を覗き込むが、同じく表情も何も無い。

「ど、どうなってんだ???」
「……貴様もすぐにそうなる」

 理解不能の事態に放心しかけていた長須は、自分の真後ろで駆けられた声にびくっと跳び引く。
 そこには、どろりとした底無し沼のような瞳をした拓也がいた。

「さあ、貴様も素直になればいい……」

 和気藹々と照れる祐介を囲む輪を尻目に、狂気の門がまた一つ開かれる……
 
 
 

 次の日。
 瑠璃子一行は置場を離れ、次の地へと旅していた。

「よかったね、話をしたら解ってくれて」
「本当です、根から悪いひとでは無かったね。 よかった……」
「瑞穂は本当にやさしいね」
「そうかな? 香奈子ちゃんの方がやさしいと思うけど」
「もう、みずぴーってば」

 その後、長須は『非常に真面目に改心』し、以降は誠実に働くようになったという。
 更に従業員に十名ほど『非常に真面目な』輩を雇い入れ、以降は誠実に商売したそうである。
 ただし、全員とも表情が無いとか同じ言葉繰り返すとか、周囲には非常に奇妙に思われてもいたが。
 なにはともあれ、置場には平穏が訪れたのである。

「いやあ『話して』みるもんですね」
「うむ、僕が『話した』ら、あの店主も解ってくれたしな」
「くすくす、そうだと思うよ……」

 話すとは 放しているのだ 魂を
 今日も良く届きそうな、晴れ晴れとした青い空であった。
 

(終)
 

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