掲示板・突発妄想電波炸裂SS(指定無し)

ゆめもりの少女
 

 ──ユメを見た。

 それは、まどろみの中で繰り返される悪夢。

 繰り返し繰り返し、ココロを蝕んでゆく、不安の体現。

 ──ダレもイナイ。

 ──ナニもナイ。

 大切な人達は何処かに消え、掌に残る想いの残滓すら、風にさらされて消えてゆく。

 そんな、哀しくて寂しい、夢を見た──

 ……覚醒。

 まどろみから、浮上する。

 掌に、暖かい繊手。

 胸に、柔らかな肢体。

 頬に、流れ落つる蒼の髪を視て。

 意識が、ダレかにそっと包まれる。

 最後に、頭(こうべ)を掻き抱く腕(かいな)の重み。

 額に灯った、口付けを感じて──

 呼ぶ声を、まどろみの中に聴く。

 ──し、き──と。
 
 
 

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 ……
 
 
 

 ──しき──

 声が、聞こえた。

 しき……志貴……

 俺を呼ぶ、声。静かな、心地良い、声。

 ──声無き、声。

 知っている。

 この声を、俺は知っている。

 アルクェイドではない。シエル先輩でもない。秋葉とも、琥珀さんや翡翠とも。

 そう……この、心に直接響くような音色の持ち主は──

 ──俺は、ふと目を覚ました。

 蒼き深夜。窓の外から注ぐ月光と、部屋にわだかまる闇。それ以外、なにもないところ。

 月明かりが陰影を作り出す窓辺に、彼女は座っていた。

「……レン」

 名を、呼ぶ。ただ意味もなく、窓辺に立つ少女を現わす一音を、囁く。

 流れ落つる月光を浴びて。美しい髪に蒼の光宿し、身に黒衣の闇を纏って。

 彼女は、うっすらと淡い微笑みを浮かべた。

 しき。

 声無き声が俺の名を囁く。桜色の唇が小さく動き、レンの瞳が細められた。

 微笑む。

 無邪気な笑み。楽しそうに、俺が起きてくれたのが嬉しいと、微かな、幼い笑み。

 ぞくり、と、清冽な光浴びるその小さな姿に、寒気が疾るほどに惹き付けられる。

 ──なんだか、とても。

 月明かりの下の少女は──

 ──綺麗──だ。

 とっとっ、とっ……

「──っ!?」

 ぽふっと、とことこ歩み寄ったレンが俺の腕の中に飛び込む。

 そのまま、彼女は……

 あの時と同じように、無垢な口付けを、交わした──

「れ、ん……っ……?」

 ──いきなりこれは、反則だ。

 反則過ぎて──

 俺の、蒼く瞬く瞳から、涙が、零れた。

 すっ……

 ──ぴ、ちゅ……っ……

 つつ……っと、頬に暖かい感触が伝わってくる。

 そっと顔を近づけたレンが、俺の頬を流れる涙を、舐めとってゆく。

 一心に零れる雫を掬い取るその姿は、余りにも無垢。

 時折注がれる瞳の輝きは、哀しい程の労りを帯びた、真摯。

 健気な少女は、主の心を包むように、その行為を続ける。

「レン……ごめん」

 その献身が、暖かくて、愛しくて。

「ありがとうな……レン」

 俺はぎゅっと、腕の中の小さな従者を抱き締めた。

「俺が……悪夢を見ていたから……そこから、引っ張り上げてくれたのか?」

 こくんと、レンが小さく頷きを返した。

 じーーーーっと、紅い双眸が俺の眼を覗き込む。

 ──しき。

 レンは一度だけ、ふるふると首を振った。

 なかないで、しき。

 もう一度、この少女は、囁くように

 だいじょうぶだから……

 だから──なかない、で──

 紡がれた言葉を最後に、少女は俺の頭を、胸に抱いた。

 ──しきのゆめは、わたしがまもる。

 訥々と、いとおしむように俺の髪を撫でながら、レンは脳裏に囁き続ける。

 ──へいき。

 だれも、しきのそばからはなれていない。

 しきはまだ、いきている──

 繰り返し、幼子に言い聞かせるように、レンは応える。

 ──しきはまだ、なにもなくしてない。

 ──あなたはまだ、ここにいるから──

 心と共に、再び塞がれた柔らかな感触を最後に。

 俺の意識は、闇に落ちた。

 ──せめてこんどは、やすらげるゆめを──
 
 

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