陽の章 五


 早朝の庭を白く染めた凍える大気の中、大きく息を吐く。
 白く濁った息に雪が跳ね返す鋭利な光が一瞬かすみ、再び白い光りを取り戻した庭を一瞥し、寒気にさらし冷え切った身体を、俺は廊下から部屋へと運んだ。
 布団の上に横になり、身体より凍て付いた心の痛みにふっと息を吐く。

 戻って来て良かったのか?

 俺は幾度も繰り返した問を自らに向け。
 いつもと同じ答えを自分に返す。

 全てを終わらせる。
 同じ苦しみを繰り返さない為にも。
 俺の半身。
 俺の心の半分。
 確かめ、決断しなければ。
 俺が、俺自身でいられなくなっても。



「…耕一さん」
 障子越しの静かな呼び声が、浅い眠りに沈みかけた意識を引き戻した。
 俺は布団の上に座り直し廊下に目を向けた。
「千鶴さん? どうぞ、入って」
 障子に映った影を目を細め確かめ、俺の凍えた心に仄かに温かみが戻った気がした。
「おはようございます」
「おはよう、千鶴さん」
 障子を開け入って来た千鶴さんに朝の挨拶を返しながら。布団の前で膝を折る千鶴さんを見て、俺は目覚めた朝を思い出し、ひどく懐かしい気持ちがした。
「耕一さん。あの、どうかしました?」
「どうって?」
 表情を曇らせた千鶴さんに躊躇いがちに聞かれ、俺は首を傾げた。
 見詰めていたのを不信に思ったにしては、表情が暗い。
「よく眠れないんじゃありませんか? 昨日も、朝早かったみたいでしたし」
 千鶴さんの不安そうな表情が、何を心配しているのかを俺に教えてくれる。
「まだ心配してたの? 大丈夫だよ。あの夢なら、もう見てないから。安心して」
 千鶴さんはほっと息を吐き、微笑を浮かべた。
「はい。でも昨夜はお酒を呑まないって、梓も不思議がっていました」
「ああ、そうか。呑むとすぐに寝そうだったから」

 呑んで制御が外れるのを心配してると思ったのか。

「耕一さん、そんなにお疲れなんですか? 列車の中でも眠ってなかった見たいでしたけど」
「疲れてるって程じゃないよ。今日は、寒さに慣れてないからだし。昨日は……」
 心配そうに眉を寄せた千鶴さんに応え、俺は思わせ振りに言葉を切った。
「昨日は?」
 俺が言葉を切ると、千鶴さんは興味深そうに首を傾げた。
「寝顔を眺めてたら。寝るのが勿体なくなって」
 俺が笑いを堪えて言うと、目を見開き俯いた千鶴さんの頬が、一気に赤く染まった。
「……も、もう、耕一さんったら」
「千鶴さん。今日、少し時間取れるかな?」
 千鶴さんの恥じらう姿に緩んだ頬のまま、俺は穏やかな気持ちで尋ねた。
「えっ? あの、今日も仕事なんですけど」
「うん、鶴来屋でいいんだ。足立さんにね。早い方がいいと思って」
「夕方なら大丈夫だと思います。でも、耕一さんは…いいんですか?」
 不安そうに聞き返す千鶴さんが何を心配しているのか、俺には判からなかった。
「足立さんなら、いいと思うけど。まだ先の話だから。他の人には、黙ってて貰えばいいんじゃないかな」
「…はい」
 目を伏せ小さな声で返す千鶴さんの様子を訝しみながら、俺は言葉を継いだ。
「それに少し話したい事も在るから。その後、時間が取れないかな?」
「…話…ですか?」
 千鶴さんは、俺を上目遣いに覗き聞き返した。
「うん。ここじゃ、梓達がいつ来るか判からない……」
 俺は話ながらも、千鶴さんの何かを怖がっている様な態度が気に掛かり言葉を切った。
「千鶴さん? どうか……」
「耕一!」
 勢い良く開いた障子の音と梓の声で、俺が掛け様とした声は掻き消された。
「…うそだ。……耕一が起きて、着替えまでしてる」
 唖然とした顔で障子を開けたまま梓が呟き、俺はガックリ脱力した。
「梓! 俺を何だと思ってる。早起き位する」

 いつもなら、布団でごろごろしてる俺が言える台詞でもないが、固まるなよ。

「だってさ、起こしに行った千鶴姉が戻って来ないから。起きてんなら早く来いよな。冷めちまうだろ」
「ごめんなさい、梓。じゃあ耕一さん、五時頃なら大丈夫だと思います」
「悪い。すぐ行く」
 俺が梓と言い合っている間に、千鶴さんは時間だけ告げると、そそくさと部屋を後にした。
「…なあ、耕一。千鶴姉、どっか変じゃなかったか?」
 千鶴さんの後ろ姿を見送る梓も、何かおかしく思ったらしい。首を捻り俺に聞いてきた。
「ああ。俺、親父の事で足立さん達に挨拶もしてなかっただろ。何時頃なら足立さんの都合がいいか、聞いたんだけど」

 千鶴さんの様子が気になったが、夏とは違い冬休みでみんなが家に居る。
 夕方まで待つしかない。

 俺は一番無難そうな答えを梓に返した。
「叔父さんの事。思い出したのかな?」
 梓は少し表情を曇らせ、声にも陰りが宿った。
 親父が従姉妹達に取って、どれ程大きな支えだったのか。俺は梓の寂しそうな呟きで改めて感じた。
「そうだろうな。ま、そう言う訳だ」
 勤めて明るく言い、俺はすれ違いざま梓の頭をぽんと叩き廊下を歩き出した。
「てっ! 耕一! あんたは、また頭を叩く!」
 頭を叩かれた梓の怒声と、追い掛けて来る足音を苦笑混じりに聞き、俺は足を速めた。


  § § §  


「奇遇よねぇ〜、柏木君」
「何が、奇遇よねぇ〜だ。どうして由美子さんが、ここに居るの?」
 鶴来屋本館一階ロビーの片隅、由美子さんに呼び止められ。俺は、もう少しで頭を抱え座り込む所だった。
「温泉入りに来たに、決まってるじゃない」
 由美子さんは、ケタケタと楽しそうに笑い俺の肩を叩く。
「温泉なら、他にも在るだろう?」
「うん。でもほら、雨月山。あれ、もう少し調べられないかと思って。それに、まだ鶴来屋も全部楽しんでないしね」

 いくら調べても恋物語以上の物は出ないのにな。まあ、鶴来屋の全部を回ってないってのは本当だろう。
 それにしても間が悪い。

「悪いけど。俺、急ぐから」
 さっさと片手を挙げ立ち去ろうとした俺は、由美子さんに挙げた手を掴まれ、仕方なく足を止めた。
「もうすぐ夕食にいい時間よね? レポートのお礼。まだだったじゃない」
 にっこり微笑み、由美子さんは俺の腕を掴み直す。
「ごめん。えと、…じゃ明日。明日でどう? 昼でどうかな?」
 この場を乗り切ろうと、俺は考えもなく持ち掛けた。
「何? 本当に急いでるの?」
 由美子さんは、俺の焦りを他所にのほほ〜んとした声で返した。
「うん。ちょと約束があって」

 そろそろ不味いんだって。

「…耕一…さん?」

 不味い、来た。

「こんにちは。こないだは、どうも」
 天を仰ぎたい俺の気も知らず、由美子さんは千鶴さんに朗らかに頭を下げる。
「あら? いいえ。こんにちは」
 慌てて頭を下げ挨拶を返した千鶴さんは、明らかな不信の目を俺に向けた。
「えぇ〜と。こちら小出由美子さん。ここに泊まってるんだって」
 どうしてここに由美子さんが居るのか。問う様に見る千鶴さんの視線が突き刺さり、俺の語尾は焼け気味になった。
「うちに御泊りでしたの? それは、いらしゃいませ。耕一さんと、大学でご一緒の方でしたね?」
 営業用の笑みで尋ねた千鶴さんの、俺の腕に向けられた視線が怖い。
「ええ。小出由美子です。この間は、みっともない所御見せしちゃって。柏木千鶴さんですよね? 雑誌のインタビュー読みましたけど、写真より綺麗だわ」
 由美子さんは頬に手を当て、溜息など吐いて如才なく誉め言葉を口にする。
「いえ、そんな」
 満更でもなく嬉しそうな千鶴さんの様子に、ほっとする暇もなく。
「いま柏木君に、明日の昼食誘われたんですけど。お勧めのお店とか、ありませんか?」
 と由美子さんは楽しそうに、小首を傾げ尋ねた。
 しかも、俺の腕を離そうとしてくれない。
「…昼食……ですか?」
 千鶴さんの笑顔の口の端が、ピクッと引きつったのは、俺の気のせいだと思いたい。
「……耕一…さん…お邪魔して申し訳ありません。ですが、足立さんに待って頂いていますから」
 お客である由美子さんの質問に答えなかった千鶴さんの態度だけで……背筋に冷たいものが這い回る。
「ごめん、由美子さん。急ぐから」
「いいえ、何でしたら。ごゆっくり、どうぞ」
 慌てて由美子さんを拝んだ俺に、千鶴さんの言葉はあまりに寒かった。
「全然、大丈夫。じゃあね、由美子さん」
 何とか由美子さんの手を振り切り、千鶴さんを促し歩き出した俺は、チラッと後ろを振り返り。壁に手を突き笑う由美子さんを目に止め、例え様もない深い恨みを抱いた。


 ロビーから隠された従業員用エレベータに向う間、隣を歩く千鶴さんを横目で窺いながら、俺は声を掛けられなかった。
 梓を叱り付ける時より、更に寒気がするのは俺の気の所為ではない。
 にこやかな笑みを浮べた千鶴さんを、まるでモーゼの前に割れた海の様に、行き交う人々が遠巻きに避けて行くのがいい証拠だ。

「千鶴さん。千鶴さんてば」
 エレベーターホールに着くと、俺は意を決し呼び掛けた。 千鶴さんは肩を落とし、ほぉ〜と息を吐き。
「…似てるの…かしら?」
 と呟いた。
「似てる? 今度は誰? 親父で爺さんの次は? 曾祖父さん? ああ、いっそ次郎衛門か!?」
 寝不足気味の俺は押さえるのを忘れ、苛々と声を荒げた。

 似ているという言葉がキーワードになった。
 抑えていたものが一気に吹き出し、感情を逆撫でした。
 少し度が過ぎる。
 女友達と話していただけでこれでは、嬉しいなんて言っていられない。

「……耕一さん?」
 千鶴さんの訝しげな視線が、更に俺の頭に血を昇らせた。
「俺は! 俺だ! 親父でも爺さんでもない! まして、次郎衛門なんて知るか!!」
 俺は押さえ切れない苛立ち紛れに壁を殴りつけた。

 俺は誰でもない!
 柏木耕一として生まれ育った二十年だけが、俺だ!

 エレベーターの到着音に鈍い拳の打撃音と、千鶴さんの小さく息を飲む音が被さった。
「耕一さん!」
 いきなり壁を殴りつけた俺の拳を、千鶴さんの柔らかな掌が心配そうに包む。
「……大丈夫。…多少の怪我は、すぐ治る」
 手を柔らかく包む温もりからスッと抜き、俺は千鶴さんに何とか笑って見せた。
 少しは拳の痛みが、苛々を晴らしてくれた。

 もう割り切った筈だ。
 何故こんなに苛々する?
 …判ってる。
 親父と比べられるのが、そんなに嫌か?
 俺の力不足じゃないか。

「そんな。痛みはあります。骨でも折れてたら、どうするんですか」
 千鶴さんが向ける瞳の心配そうな彩りを前に、俺はしぶしぶ手を差し出した。
「骨には異状ないみたいですけど。無茶です、壁を素手で殴るなんて」
「誰だって、たまには無茶をやる」
 投げ槍に言った俺を見詰める千鶴さんの戸惑った視線が、俺の心に痛みを感じさせた。
「ごめん。由美子さんは民間伝承に凝ってて、雨月山に興味が在るそうで。以前来た時、恋物語を住職から聞いたらしい」
 深く息を吐き、俺は肩を落とした。

 俺は、何を遣ってる?
 千鶴さんに、こんな不安な顔をさせる為に決めた訳じゃ無いだろう。

「…でも…昼食って?」
 両手に包んだ俺の手に視線を移し、千鶴さんは小さな声で洩らした。
「レポート手伝って貰った、お礼。一昨日の晩飯の約束だったけど。断ったから」
 多少の脚色は勘弁して貰おう。
「…ごめんなさい」
 千鶴さんのくぐもった声が、ぽつんと響いた。
「謝らなくていいから、信用してよ。今朝から少し変だよ」
 妬かれないよりは余程いいが、度が過ぎる千鶴さんの嫉妬に、俺の声は懇願に近かった。
「すいません。耕一さんを、信じてない訳じゃないんです。でも……」
 俺の手を離し両手で顔を覆った千鶴さんからすすり泣きの声が洩れ聞こえ。俺は千鶴さんの肩を抱き、降りて止まったままになっているエレベーターに乗せ、最上階に向かった。

 最上階の会長室と一階下は、鶴来屋グループの総本山とも言うべき業務が集中している。
 途中で誰か乗ってこないか心配だったが。年末で営業時間も過ぎ、接客関係以外の一般職従業員は、休みか退社した後なのだろう。
 エレベーターは最上階の会長室まで止まる事なく、千鶴さんを誰にも会う事無く会長室のソファに座らせる事が出来た。

「千鶴さん、足立さんは?」
 千鶴さんは待って居ると言った筈だが、会長室には誰の姿もなかった。
「…あの。後…三十分位は、……時間が」
 俯いたままの千鶴さんの返事に額を押さえ、俺の口から溜息が洩れた。

 足立さんをダシに使ったのか?

「まっ、丁度いい。じゃあ続き。一体どうしたの?」
 なるべく抑えたつもりだが、つい口調が荒くなる。
「…あの、…梓達が家を出た後の事を考えてたら。あの広い家で暮らすのは寂しいなって。それに……」
 目を伏せたまま黙り込んだ千鶴さんを、しゃがみこんで下からジッと見詰め続きを待つ。
「それに?」
 待ったが俯いたまま一向に口を開かない千鶴さんに焦れ、俺は何とか優しく先を促した。
「…ごめんなさい、我が侭なのは判っているんです………」
 チラッと視線を上げ謝ると、千鶴さんはまた視線を下げ黙り込んでしまう。
「千鶴さん、我が侭なんて思わないから話してよ。話してくれないと、謝られても俺には何の事だか判らないよ」
 出そうになった溜息を飲み込み、俺は千鶴さんの顔を覗き込んだ。
「…お昼に…電話したら、…朝から出掛けたって、梓が……」
 覗き込んだ俺を睨む様に見て、千鶴さんはぼそぼそと口ごもった。
「由美子さんと一緒だったと思った?」
 聞き返すと、気不味そうに千鶴さんは視線を逸らす。
「雨月寺のご住職に、挨拶と資料のお礼に行ってただけだよ。下のロビーで会うまで、由美子さんが来てるのも知らなかった。…でも、我が侭じゃないけど?」
 と俺が尋ねると、千鶴さんの頬が赤く染まった。
「だって。…耕一さんがアルバイトで忙しいのは、判っているんです。でも……」
 目を伏せたまま口を噤(つぐ)んだ千鶴さんの言葉の続きを、俺はしんぼう強く待った。
「耕一さん。どうして家の方にしか、電話してくれないんです?」
 意を決した様に視線を俺に据え、千鶴さんは口を開いた。
「家の方って? 会社に電話する訳にも……」
「違います。私の部屋の電話です」
 睨む様に強くなった視線に、俺は精神的に一歩引いた。
「いや、だってさ」
「番号、ちゃんと教えましたよね?」
「千鶴さんが家に居る時間って。バイトとかち合ちゃってて」
「電話位、出来る筈です」
「………」
 いつの間にか蛇に睨まれた蛙の様に、俺の額から油汗が伝い落ちた。
「休みに入ってる筈なのに来てもくれないし。せめてクリスマスに、電話位してくれてもいいじゃないですか」
 完全に怒った顔になった千鶴さんに睨まれ、俺の顔に引きつった笑いが貼り付けた。

 確かに不味かったな。
 クリスマスは昼に電話入れたから、千鶴さん、仕事だったからな。バイトから朝がた帰ったら、千鶴さんからの留守電は入ってたけど。

「ごめん。夜にでもと思ったんだけど、近くに電話が無くて」
「どうして、コンビニに電話が無いんです?」
 詰問口調で見詰められ、俺は溜息を吐いた。

 仕方がない。
 心配は掛けたくなかったが。

「梓にはああ言ったけど、コンビニじゃ無いから」
「嘘だったんですか? でも、どうして嘘なんか?」
「ごめん。主に深夜の道路工事。丁度近くに公衆電話が無くって」
 眉を潜めて聞き返した千鶴さんが、俺の答えで心配そうな顔になった。
「昼間学校で夜に道路工事なんて。いつ休んでるんです? 身体が持たないんじゃ」
「大丈夫だから。日当がいい分、休みも取れるから」
 笑って応えたが、千鶴さんの心配そうな表情は晴れなかった。
「でも耕一さん、いつ電話しても部屋に居ないじゃないですか。他の仕事が楽だとは思いませんけど、昼学校で深夜の工事現場なんて、寝る暇が無いんじゃないんですか? それで疲れが溜まってるんじゃ在りませんか?」
 心配そうに見詰められ、俺は視線を逸らし千鶴さんの隣に腰を下ろした。
「千鶴さん、本当に大丈夫だから。回復が早いのは知ってるだろ。生活費の為じゃなくて。色々とやって見たくて、やってるだけだから」
 言いつつ心配しないでと、俺は千鶴さんの肩に手を回し抱き寄せる。
「心配を掛けたくなかったから、言わなかったんだけど。逆に心配させて。ごめん」

 本当のところ、くたくたに疲れて夢も見ずに眠りたいと言うのが在って始めたが、慣れてしまうとそう大変でも無かった。
 鬼の目覚めが、身体を強靭にしているのだろう。
 日当がいい分時間が取れて、いろいろ調べるには一石二鳥だった。

「いいえ、ごめんなさい。やっぱり我が侭でしたね。でも、生活が大変だったらちゃんと言って下さい。耕一さんが、受け取るのが当然のお金なんですから」
「我が侭だなんて思ってないよ。ごめん、携帯でも持てば良かった」

 ここ数カ月、自分の事に掛かり切りになっていた。
 俺は雨月寺の住職から千鶴さんの近況を送って貰っていたが、俺の方の状況を知る術のない千鶴さんが、途切れがちな連絡に不安を持っても仕方はない。
 離れて時間を置いたのが、逆効果になった。

「初音に笑われますね。あの子だって、我慢してるのに」
 照れた笑いを浮べちろっと舌を覗かすと、千鶴さんは小さく肩を竦めた。
「でも。初音ちゃんには、こういう事はしないから」
「えっ?」
 首を傾げた千鶴さんの肩を抱いた手に力を込めて引き寄せ、顔を近づけると千鶴さんの瞼が閉じられ、俺は唇を薄く開いた唇にそっと重ねた。

陽の章 四章

陽の章 六章

陰の章 五章

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