六の章 初音二
そっと校門から学校の中を覗き、あたしは首を傾げた。
途中までお迎のつもりだったのに、いつの間にか梓お姉ちゃんの学校まで来ていた。
学校の中はシィーンと静かで、もう誰もいないみたい。
途中の道でも会わなかったし、行き違いになったのかなと思ったけど、ちょっと中を覗いて見る。
他所の学校に無断で入るのって、本当はいけないんだけど。
他の高校がどんなだか、少しの好奇心と、まだ中にいるかも知れない梓お姉ちゃんの心配とで、辺りを見回しながら入った人気のない校舎は、他校生のあたしを拒絶するように見下ろしている。
胸がどきどきしてる。
校舎の間を抜けグランドに出ると、開けた空間の解放感に胸を押さえほっと息を吐いた。
グランドを囲むフェンスにそって樹が立ち並ぶ中を、そっと進む。
誰もいない広いグランド。
陸上部の梓お姉ちゃんが、三年間走り続けたグランド。
一年で選手に選ばれたのに、応援に行くって言ったら嫌がった梓お姉ちゃんに内緒で、お姉ちゃん達と一緒に陸上競技場まで行ったのは最初の一度だけ。
それからは千鶴お姉ちゃんや楓お姉ちゃん、あたしも応援に行こうって言わなくなった。
応援に行ったのも、梓お姉ちゃんには秘密。
梓お姉ちゃん、部室かも知れない。
でも、部室どこかな?
うちの学校と同じにグランドの端かな?
きょろきょろグランドを見回して見ても、クラブハウスらしい建物は見当たらない。
帰った方が良いのかな?
お友達と一緒かも知れないし。
帰ろうかなっと、もう一度グランドを見渡したあたしは、グランドの反対側の木陰で、手を振っている人がいるのに気が付いた。
誰だかは、すぐに判った。
顔まで見えないけど、間違う訳無い。
耕一お兄ちゃん、ちゃんと来てくれてたんだ。
あたしは嬉しくなって、グランドに走り出した。
でもあたしが駆け出すと、お兄ちゃんは来るなって言ってるみたいに両手を突き出す。
駆け足を歩く早さに変え、あたしはちょと困った。
どうして行っちゃいけないんだろ?
そう思ってよく見ると、お兄ちゃんの影から制服を来た梓お姉ちゃんが立ち上がるのが見えた。
梓お姉ちゃん、どうかしたのかな?
立ち止まって見ていると、梓お姉ちゃんと耕一お兄ちゃんはあたしの方に歩き出した。
あっ、そうか。
もう帰るから、ここで待ってれば良いの?
ジッと待っているあたしと、桜の樹の中間当たりでお兄ちゃん達は立ち止まると、腰を屈め何かしている。
あっと思う間もなく、お姉ちゃんとお兄ちゃんは腰を上げ。
一気に駆け出した。
先にスタートを切ったお姉ちゃんに、少し遅れたお兄ちゃんが、ジリジリと差を詰める。
途中でお兄ちゃんに追い着かれ、お姉ちゃんは大会の時とは逆に、そこからグンと早くなって風みたいにあたしの前を走り抜けた。
お兄ちゃんも、ほぼ同時にあたしの前を駆け抜け、あたしはスカートと髪を駆け抜けた風から手で押さえた。
駆け抜けたお姉ちゃんの横顔は楽しそうに笑ってて、とっても満足そうで綺麗だった。
少しあたしは目元が熱くなった。
大会の時は二位でゴールした梓お姉ちゃん、とっても悔しそうだった。
あたしは残念だったけど、梓お姉ちゃん精一杯走ったんだから良いよねって、千鶴お姉ちゃんと楓お姉ちゃんに言ったんだけど。
お姉ちゃん達は、悲しそうに頷いて帰ろうって言った。
あたしは、グランドの隅で膝を抱えて座り込んだ梓お姉ちゃんに、残念だったけど頑張ったよねって言いたかったけど。
千鶴お姉ちゃんに、応援に行ったの言っちゃいけないって言われて、悲しそうな千鶴お姉ちゃんの言葉に、理由が聞けなくて訳も分からず頷いていた。
後で楓お姉ちゃんが、そっと教えてくれた。
もう梓お姉ちゃんは、人前で思いっ切り走れないんだって。
梓お姉ちゃんだけじゃなくて、私達みんな、普通の人と違う力が使える様になったら、本当の力を人に見せちゃいけないって。
鬼の子だから。
ちょと人より怪我の治りが早いぐらいのあたしは、凄くショックだった。
梓お姉ちゃん、昔から走るのが大好きで、一生懸命早くなろうって頑張って練習してたのに。
ただ鬼の血を引いてるだけなのに、思いっ切り走ることも出来なくなるなんて、可哀想だ。
でも、あたしはその時の千鶴お姉ちゃんと楓お姉ちゃんの様子で、なんとなく判ってもいた。
千鶴お姉ちゃんと楓お姉ちゃんも、梓お姉ちゃんと同じに、沢山出来る事やりたい事を我慢してるんじゃないかって。
だから、あたしは楓お姉ちゃんに、梓お姉ちゃんが可哀想って言う代りに、うんって頷く事しか出来なかった。
でも、今あたしの前を風のように走り抜けた梓お姉ちゃんは、嬉そうで楽しそうで。
そしてとっても綺麗だった。
でも同時にゴールした耕一お兄ちゃんは、苦しそうにお腹を押さえ座り込んじゃう。
「耕一お兄ちゃん、大丈夫?」
「初音ちゃん、元気だった?」
「うん、元気だよ。でも、お兄ちゃん大丈夫なの?」
「運動不足かな。情けないよね」
ははっと力なく笑った耕一お兄ちゃんは、ちょっと眉を潜めた。
「初音ちゃん、どっちが早かった?」
「あたしに決まってるだろ」
校舎の方まで走り抜けた梓お姉ちゃんが、ゆっくり息を整えながら戻って来ると、なっ。とあたしを覗き込む。
お姉ちゃんの方が早かったよって言ってあげたら喜ぶかなっと思ったけど。
嘘はいけないよね。
「えっと、同時ぐらいかな」
悔しがるかなっと思って、お姉ちゃんを上目遣いに覗きながら正直に答える。
「ちぇ、耕一と引き分けか。まっ、制服だしな。仕方ないか」
「負け惜しみを。こっちは素人だぞ、ハンデになるかよ」
「耕一は、昔っから逃げ足だけは早かったからな」
梓お姉ちゃんは、うぅ〜んと両手を組んで空に伸び上がると、ふっ〜っと大きく満足そうに息を吐き出した。
「気持ちよかった」
「梓お姉ちゃん、とっても綺麗だったよ」
あたしがそう言うと、梓お姉ちゃんはキョトンとあたしを見て、顔を真っ赤に染めぷいっと横を向いて鼻の頭を掻き出した。
照れ屋の梓お姉ちゃんは、褒められて嬉しい時には、いつもそう。
お姉ちゃんに言うと怒るだろうけど、可愛い。
「そうだな、やっぱり走り方からして違うもんな」
お兄ちゃんは、ちょと勘違いした見たいだけど、感心した様に頷いてくれる。
「そ、そうかな」
「うん、とっても綺麗だったよ」
「そうそう、こうスカートがひらひらっと」
照れ臭そうに鼻を掻いていたお姉ちゃんは、お兄ちゃんの言葉にはっと息を飲むと睨み付ける。
「耕一、てめえなに見てた!!」
「見えそうで見えなかったな。残念だけど」
立ち上がりながらニヤッと笑うと、耕一お兄ちゃんは、梓お姉ちゃんの拳を避けて走り出した。
梓お姉ちゃんも後を追っかけ、走り出す。
グランドを自由に走り回る、お兄ちゃんとお姉ちゃんを見ながら、あたしは背中で両手の指を組んでうふふっと笑いが洩れた。
子供みたいに走り回る梓お姉ちゃんは、本当に楽しそう。
梓お姉ちゃん、忘れられない楽しい卒業式になったね。
子供の頃と同じに、梓お姉ちゃんと追いかけっこしてる耕一お兄ちゃんを見ながら、あたしはそっとポッケを押さえた。
でも、子供の時とは少し違うの。
あの頃は、あたし達みんなの耕一兄ちゃんだったけど。
今は、千鶴お姉ちゃんの耕一お兄ちゃん。
どうしてだろ?
耕一お兄ちゃんは、耕一お兄ちゃんなのに。
大学を卒業したら、家で一緒に暮らせるのに。
耕一お兄ちゃんと千鶴お姉ちゃんを見てると、胸が締めつけられて、切なくて少し寂びしくなるの。
手で押さえたスカートのポッケの中には、生徒手帳に挟んだあたしの宝物
あたしのお誕生日に、お兄ちゃんと写した写真。
あたしのお誕生日のお祝いだけに、学校を休んで半日だけ来てくれた、耕一お兄ちゃんとの写真。
前の週に来てくれたばかりだから、無理だと思ってたのに、あたしの学校まで耕一お兄ちゃんは、お迎えに来てくれた。
お兄ちゃんは慌ててたけど、あたしは驚いたのと嬉しいので少し泣いちゃった。
それから学校の帰りに一緒にお店を覗いたり、ハンバーガーを食べたり。
そして、お部屋の机の中に大事に仕舞ってある、もう一つの宝物。
桜の花びらの可愛いイヤリング。
一緒に覗いたアクセサリーのお店で、耕一お兄ちゃんがとっても似合うよって、プレゼントしてくれたイヤリング。
遅くなって家に帰ると、ケーキとご馳走を用意して待ってくれていたお姉ちゃん達は、耕一お兄ちゃんが一緒で驚いていた。
あたしの誕生日だからって、早めにお仕事から帰ってくれていた、千鶴お姉ちゃんも驚いていたの。
千鶴お姉ちゃんも、耕一お兄ちゃんが来てるのを知らなかったのには、あたしの方が驚いたけど。
お姉ちゃん達と一緒にお祝いをしてから、家に泊まらずに夜行列車で帰る耕一お兄ちゃんを、お姉ちゃん達とお見送りに行って何となく判った。
一週間前のバレンタインの時も、そうだったから。
来るって約束して来られないと、あたし達ががっかりするから。
ちゃんと約束出来ない時は、耕一お兄ちゃん千鶴お姉ちゃんにも来る事知らせてないんだなって。
だから千鶴お姉ちゃんも知らない、あたしと耕一お兄ちゃんだけの時間。
半日だけ、耕一お兄ちゃんを独り占めした記念写真。
あたしの大事な想い出の写真とイヤリング。
梓お姉ちゃんと耕一お兄ちゃんは、追いかけっこに疲れたのか、座っていた桜の樹に手を突くと、何か言い合いながらゆっくり歩いて戻って来る。
梓お姉ちゃんと一緒の耕一お兄ちゃんは、子供の時と変わらず、梓お姉ちゃんをからかって、ちょとエッチで。
そして、とっても優しい。
でも……
そうだよね。
千鶴姉ちゃんと一緒の耕一お兄ちゃんは、少し変わったよね。
ううん、千鶴お姉ちゃんも変わった。
前から優しかったけど、千鶴お姉ちゃんを見る耕一お兄ちゃんの瞳は、宝物を見るみたいに優しくて温かくて。
ゆったりと落ち着いた、包み込む様に柔らかい優しい微笑みを浮かべる。
千鶴お姉ちゃんも前から優しくて、いつもにこにこしてたけど。
瞳の奥は、いつも悲しそうだった。
でも、耕一お兄ちゃんに向ける千鶴お姉ちゃんの瞳は、安心した優しい光を浮かべてて、お父さん達が生きてた頃の千鶴お姉ちゃんに戻ったみたい。
耕一お兄ちゃんと千鶴お姉ちゃんがお互いを見る瞳は、あたし達に笑い掛ける優しさとは、少し違う優しい温かい柔らかい瞳。
ふっとあたしは息を吐き出した。
来年のバレンタインは、千鶴お姉ちゃんも一緒にチョコ作れるといいな。
あたしと楓お姉ちゃんが、梓お姉ちゃんに教わりながら一緒に作ったバレンタインの三つのチョコを、美味しいって食べてくれた耕一お兄ちゃん。
そして四つ目は、綺麗にラップされた千鶴お姉ちゃんのチョコ。
千鶴お姉ちゃんが、耕一お兄ちゃんの帰り際に頬を染めて手渡していた。
きっとあたしが小さくて、お父さんとお母さんがいた頃、千鶴お姉ちゃんが作ってくれたお菓子みたいに、お店で売ってるのより甘くてとっても美味しいチョコ。
梓お姉ちゃんは、市販のチョコだと思ってたみたいだけど。
夜中にこっそりお台所でチョコ作ってたの、千鶴お姉ちゃん、あたし知ってるんだよ。
もう良いと思うんだけど。
千鶴お姉ちゃん、何でも出来るのに。
もう少ししたら、千鶴お姉ちゃん、お皿割らなくなるのかな。
いくら安いお皿を選んで割ってくれてても、あんまり嬉しくないし。
楓お姉ちゃんも梓お姉ちゃんも、知ってると思うんだけど。
まだまだ千鶴お姉ちゃんに頼ってるけど、あたし達も、もう小学生じゃないんだし。
何でも千鶴お姉ちゃんがやってくれてたら、きっとあたし何も出来ないお姉ちゃん子になってたと思うけど。
やっぱり千鶴お姉ちゃんから見ると、頼りないんだろうな。
あたしがしっかりしてないから、千鶴お姉ちゃん心配なのかな?
耕一お兄ちゃんは、何でも出来る千鶴お姉ちゃんを知ってるんだろうな。
そして、あたしがそう思うのっておかしいけど、とっても寂しがり屋で、子供みたいな千鶴お姉ちゃんも。
バレンタインのチョコ、本当は耕一お兄ちゃんに送るつもりだったけど、やっぱり直接手渡したいよね。
お仕事から帰って来て一緒に玄関まで出迎えた耕一お兄ちゃんを見た千鶴お姉ちゃん、とっても嬉そうで綺麗だったな。
梓お姉ちゃんは照れ隠しに、家まで来ないと貰えないんだろうってからかってたけど。
千鶴お姉ちゃんや、あたし達が寂しい思いをしないように、耕一お兄ちゃんは無理しても今日みたいに、帰って来てくれるんだよね。
「初音、どうしたの? 記念写真撮ろう」
俯き加減で考えていたあたしは、梓お姉ちゃんの声で顔を上げた。
「でも梓お姉ちゃん、あたしカメラ持って来てないよ」
梓お姉ちゃん、面倒だからって朝カメラを家に置いて来たはずなのに?
あたしはちょと困って、首を傾げた。
「えへへ。これ、これ」
梓お姉ちゃんは手にした真新しいカメラを、嬉そうに振って見せる。
「お姉ちゃん、カメラどうしたの?」
「ホワイトデーと卒業。次いでに入学祝いだって。けちってるよな」
「お前な、文句があるなら返せ」
渋い顔で手を伸ばす耕一お兄ちゃんに舌を出し、梓お姉ちゃんはカメラを持った腕を一杯に伸ばす。
「お姉ちゃん、そういうの良くないと思うよ」
梓お姉ちゃんの照れ隠しなのは判るけど、耕一お兄ちゃんがアルバイトで苦労したお金でプレゼントしてくれたのに。
「へっ! あ、ああっ、初音。そうだな、うん。ありがとな耕一」
上目遣いに睨むと、少し慌てたように梓お姉ちゃんはお礼を言う。
耕一お兄ちゃんが照れ臭そうに頭を掻くのを見て、あたしはにっこり微笑んだ。
「家に帰ってからと思ってたんだけどな。ったく、記念写真も撮らないつもりだったのか?」
「お姉ちゃん、写真写してないの?」
「いや、まあ。学校の写真があるしさ」
横を向くと梓お姉ちゃんは、ポリポリ鼻の頭を掻き出す。
「でも、やっぱり高校卒業の想い出だし。後で撮ればよかったって思うと思うんだけど」
「初音ちゃんも、そう思うよね」
あたしは耕一お兄ちゃんにうんと頷いた。
「それで。これは初音ちゃんに」
「えっ! で、でも耕一お兄ちゃん。この前、誕生日にプレゼント貰ったばかりなのに」
さっきは持ってなかったのに、バックから綺麗にラッピングされた箱を掌に乗せ差し出す耕一お兄ちゃんに、あたしはいいのと上目遣いに聞いた。
「いいの。これはチョコのお返しだから。ちゃんと楓ちゃんと千鶴さんにもあるからさ」
「あ、ありがとう。お兄ちゃん」
あたしはそっとお兄ちゃんの掌からプレゼントを受け取り、両手で包みこんだ。
耕一お兄ちゃんは、あたしの宝物をどんどん増やしてくれる。
いくつもの、大切な楽しくて嬉しい想い出。
「気に入ってくれるといいんだけど」
「開けてみてもいい?」
耕一お兄ちゃんは、うんと頷いてくれる。
あたしはリボンを解き、包装紙を破らないように気をつけて、どきどきしながら包みを開けた。
「耕一お兄ちゃん、これ」
「どうかな、丁度お揃いでいいかと思って。気に入ってくれた?」
「うん、ありがとう耕一お兄ちゃん」
あたしは嬉しくて、涙が出そうな目を擦り何度も頷いた。
「なあ耕一、もしかして楓のもアクセサリーか?」
「まあな」
ブローチの入った箱を胸に抱えたあたしの頭を優しく撫でてくれるお兄ちゃんに、梓お姉ちゃんの少し不機嫌そうな声が尋ねていた。
「あたしはカメラで、楓や初音はアクセサリー。千鶴姉には当然として」
「なんだよ。お前、新しいカメラ欲しがってただろ? 出刃なんか、いいかと思ったんだけどな」
「なんで、あたしだと包丁になるんだよ!」
あたしにも、梓お姉ちゃんの気持ちは判るけど。
やっぱり、指輪とかイヤリング、可愛いアクセサリーって嬉しいよね。
「いや、ま。梓には、実用的な方がいいかなってさ」
ははっと笑う耕一お兄ちゃん。
「まあ、今日はいいや」
梓お姉ちゃんは、ふっーと息を吐くとひらひらと手を振った。
「初音、着けて撮ろうか?」
「うん」
「じゃ、っと」
箱から取り出すと、耕一兄ちゃんがブローチをあたしに着けてくれる。
息がかかるぐらい目の前に、お兄ちゃんの顔が近付いて、あたしは胸がどきどきして、顔が熱くなるのを感じて俯いた。
「梓、どうかな?」
「うん、いいよ初音。とっても可愛いよ」
「そ、そう。似合う?」
「うん、とっても可愛いよ」
赤くなった頬を両手で押さえて、そっと覗くと、梓お姉ちゃんも耕一お兄ちゃんも、ウンウン頷いてくれる。
「梓、どこで撮る」
「定番は校門かな?」
「お姉ちゃん、校門の所にも桜の樹があったよね?」
「良し、そこにするか?」
あたしと梓お姉ちゃんが頷くと、耕一お兄ちゃんは、あたしの頭に手を乗せ歩き出した。
そうだよね。
千鶴お姉ちゃんは、今まで一杯我慢してきたんだもん。
耕一お兄ちゃんは、あたしの本当のお兄ちゃんになってくれるんだから。
寂しくなんてないよ。
「ほれ、三脚もサービスだ」
「用意のいい奴、って。耕一、主役はあたしだろ」
「梓の、カメラだよな」
「うっ、あんたは、あたしだとそう言う事言うのか?」
「冗談だよ」
梓お姉ちゃんの横にあたしが並ぶ。
お兄ちゃんはカメラをセットすると、シャッターを押し駆けて来る。
また忘れられない想い出が増える。
校門の脇にあった桜の樹も、まだ蕾だったけど。
あたしの胸には、どんな花より綺麗な桜が咲いている。
だから、あたしは耕一お兄ちゃんに貰った花に負けないよう。
とびっきりの笑顔を、走って来る耕一お兄ちゃんに向けた。