三の章 初音
ぱたんと開いたアルバムの中で、いくつもの微笑みが、桜の樹の下で咲いている。
「…やっぱり、ちょと違うよね」
あたしは、そっと呟いた。
梓お姉ちゃんの卒業写真が、もうすぐ増える。
あたしの写真、楓お姉ちゃんの写真、梓お姉ちゃんの写真。
でも、千鶴お姉ちゃんの写真だけ。
隣に叔父さんがいない。
アルバムの最後の方。
千鶴お姉ちゃんが鶴来屋に入社した時の写真。
叔父ちゃんが、千鶴お姉ちゃんの隣で微笑んでいる。
他の写真と違って、本当に嬉そうに微笑んでいる千鶴お姉ちゃん。
千鶴お姉ちゃん、寂しがりやだもん。
平気な訳ないよね。
大学の卒業式は、楓お姉ちゃんの中学の卒業式。
入学式の時は、あたしの中学の入学式と。
高校や中学の時は、梓お姉ちゃんと重なったから。
千鶴お姉ちゃんだけ、いつも学校の桜の樹の下でひとり。
あたしが羨ましいと思う写真は、お父さんとお母さんに囲まれて写っている中学の入学式の、千鶴お姉ちゃん。
叔父ちゃんと写った写真と同じ、嬉しそうに笑っている千鶴お姉ちゃん。
桜の樹の下の千鶴お姉ちゃんは、他のどの写真でも微笑んでいるけど。
この二枚だけは、特別。
やっぱり、ひとりじゃ寂しいよね。
梓お姉ちゃん、平気かな?
もうお昼を回ったし、卒業式は終ってる筈だけど。梓お姉ちゃんは、まだ帰って来ない。
楓お姉ちゃんも、卒業式のお手伝いで遅くなるって言ってたし。
途中まで、梓お姉ちゃん迎えに行ってみようかな?
梓お姉ちゃん断ってたけど、お仕事がある千鶴お姉ちゃんに気を使ったんだろうな。
耕一お兄ちゃんが居てくれたらな。
梓お姉ちゃんの卒業式、断られてもきっと出席してくれるのに。
そうしたら、梓お姉ちゃん文句言いながらでも、喜ぶに決まってるのに。
あたしはプルプル頭を振って、考えを振り払った。
耕一お兄ちゃんも、忙しいんだもん。
来年は卒業だし。
休みの間、出来るだけこっちに居られるようにアルバイト頑張ってくれてるのに、頼りきりじゃいけないよね。
あたしはスカートのポッケに入れた鍵を確かめ、玄関に向かった。
お散歩がてら、お迎えにいこっと。
玄関の鍵を締めて。
あっ!
楓お姉ちゃん、お昼食べたのかな?
ううん。
楓お姉ちゃんなら、自分でちゃんと御料理出来るし、大丈夫だよ。
まだ肌寒さが残る青空の下を、ゆっくり歩く。
お天気がいいから、お日様を受けて歩くと、どんどん温められた身体が軽くなっていく。
軽い足でお散歩してる犬や猫に挨拶して、咲き始めた花を眺めながら歩いていく。
隆山にも、もうすぐ春がやって来る。
蕾の桜、咲きかけの野の花。
耕一お兄ちゃんが来たら、お弁当を持ってピクニックってどうかな?
すぐ裏山だけど、水門でもいいよね。
今日みたいないいお天気の日に、川原にシートを広げて、風を受けて川のせせらぎを聞きながらお弁当を広げるの。
お姉ちゃん達と耕一お兄ちゃんも一緒なら、どこでだって楽しいよね。
そうだ!
カメラも持って行こうっと。
耕一お兄ちゃんの写真って、子供の頃、家に遊びに来た時のと、御正月に写したのだけだし。
あれ?
耕一お兄ちゃんの写真、まだアルバムに貼ってなかったよね。
耕一お兄ちゃんのアルバムを作ろう。
お父さんとお母さんが一緒のアルバム。
叔父ちゃんと一緒のアルバム。
そして、耕一お兄ちゃんと一緒のアルバム。
新しいアルバム買ってこなきゃ。
ずっと増やせるのにしよう。
いつまでも終わりが来ないアルバム。
今度のアルバムは、ずっと続くんだもん。
来年も、再来年も、いつまででも増えるんだもん。
今度こそ、ずっと一緒に写すんだもん。
溢れそうな涙に青空に写し、あたしは梓お姉ちゃんの学校に向って歩き続けた。