【 逢瀬 】

 

『 初音 』

 

 

 

「……あ」

 

 感じる僅かな痛みに、わたしはきゅっと目を閉じて、絡めあった手にぎゅっと力をいれてしまう。

 そんなわたしに、耕一お兄ちゃんが気遣わしげな視線を送ってくる。

「……ううん……。大丈夫……」

 耕一お兄ちゃんを安心させようと、ゆっくり首を左右に振ってから、わたしはがんばって微笑んで見せる。

 それを見て、お兄ちゃんは軽く溜息をついてから少し苦笑いを浮かべると、すっと伸ばした手をわたしの頬に添え、その指でわたしの目尻に浮かんでいた涙を拭ってくれた。

「痛かったら……ちゃんと言ってね、初音ちゃん……」

 耕一お兄ちゃんは、わたしの耳元でそう囁くように言って、触れるだけの優しいキスをしてくれる。

 わたしは、なんだかくすぐったくなって、瞼を閉じて、こくんと頷く。

 

たしかにまだちょっと痛いし……すごく恥ずかしいけど。
いやだなんて思ったことは、一度もない。
だって実感できるから。
わたしは、お兄ちゃんに愛されてるんだって。
体中で、お兄ちゃんを感じて。

すごく安心する。
 

あったかい気持ちを……こころが感じて。
胸がいっぱいになる。
 
…………。
 
……それに。
 
……最近は。
 
「……ん……」

 わたしの身体がピクッと震えて、きゅっと引き結んでいた唇から、思わず吐息が漏れる。

「…………」

 耕一お兄ちゃんが、少しびっくりしたような表情をする。

 

 ……ううっ。
 

 顔から火が出そうなほど恥ずかしい……。
 ただでさえ真っ赤に染まった頬が、かあっと更に熱くなるのを感じる。

 

「……気持ちよかった?」

 

 柔らかく笑って、わたしの耳元で優しくそう囁く耕一お兄ちゃんに、わたしは耳まで熱くなってくるのを感じながら俯いたまま恥ずかしいのを何とか我慢して、こくん、と頷く。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

「梓、楓、初音。お客様がいらっしゃったから、こっちにいらっしゃい」

 3人で梓お姉ちゃんのお部屋で遊んでいたわたし達に、お母さんが、お部屋の入り口からひょっこり顔を出して笑顔を見せる。

 

 

 

「お客って?」

 居間へ続く廊下をお母さんの後ろに続きながら、梓お姉ちゃんが訊く。

「お客様、でしょ? 梓」

 やれやれという苦笑を浮かべてから、お母さんがめっという表情をする。

「はーい。で、そのお客様って?」

 ぺろっと舌を出してから、梓お姉ちゃんが小首を傾げる。

「お父さんの弟さん……叔父さんと、その御家族の方達よ」

「「「叔父さん?」」」

 考えもしなかった答えに私たちの声がきれいに重なる。

「ああ……。そういえば、あなた達ははじめてはじめてだったかしらね?」

 お母さんがにっこり笑う。

「お忙しい方で、滅多にお会いできない方だから失礼のないようにね?」

 

 

 

 居間に入ってみると、お母さんの言うとおり、お父さんが私たちの見たことのない、けれどお父さんによく似た男の人と、お母さんと同じくらい綺麗な女の人と楽しそうにおしゃべりしていた。

 何とはなしに、わたしは居間を見回すように首をめぐらす。
 と、わたしは、視界の端に、縁側に足を垂らして座り、庭を眺める男の子の姿を見つけた。
 その姿を見たわたしの胸に、ふと期待感が湧き上がる。
 先月の七夕の時に書いた短冊が頭にうかんだ。

 

 ……もしかしたら。
 

 そう思うと、わたしは目が離せなくなった。
 ずっと見つめていると、何かの拍子にちらりとこちらを振り返ったその男の子と、視線が合ってしまう。
 あ、と思ってすぐに視線をずらそうと思ったけど、なぜかわたしはそのままその子を見つめつづけてしまった。
 男の子は、じっと見つめつづけるわたしにちょっとビックリしたような表情を浮かべるけど、すぐに、にっこり微笑んでくれる。
 その優しそうな笑顔になんだか嬉しくなってしまって、わたしもにっこり微笑みかえす。

「お、来たな。こっちに来なさい! 梓、楓、初音!」

 男の子にちょっと遅れてわたし達を見つけたお父さんが、そう声をかけてくる。
 その声に合わせるように、横に立っていたお母さんが、さ、とわたし達の肩を優しく押した。

 わたしも梓お姉ちゃんに手を引かれてお父さん達のところに行ったけど、挨拶もそこそこにお父さんに問い掛ける。

「ねえ、お父さん。あそこにいるの……わたしのお兄ちゃん?」

 こちらに背を向けて、縁側に座ってる男の子を示す。

 そんなわたしに、お父さんと叔父ちゃん達は顔を見合わせて楽しそうに笑い声を上げる。

「あはは、そうだよ、初音ちゃん。君たちのお兄ちゃんで耕一っていうんだ。仲良くしてあげてくれるかい?」

 ひとしきり笑った叔父ちゃんが、そう言ってから声を上げる。

「おい! 耕一! ちょっと来なさい!」

 その声に、お兄ちゃんは、ん?、と振り返ると、やれやれというような顔をして立ち上がって、ゆっくりこちらに寄って来る。
 わたしは、それがなんだかもどかしくって我慢できなくなって、立ち上がってお兄ちゃんの所へ駆け寄る。
 

 なんていったって、七夕様がかなえてくれたお兄ちゃんだもん!
 ずっと欲しかったお兄ちゃんだもん!


 嬉しくて嬉しくて仕方のないわたしは、駆ける勢いそのままに耕一お兄ちゃんに抱きつく。

 

「えっ!?」

 

 びっくりしたような声を出しながらも、耕一お兄ちゃんはわたしを受け止めてくれる。
 それがまた嬉しくって、わたしは顔を上げてにっこり笑顔を浮かべて言う。

「耕一お兄ちゃん、はじめまして! わたし柏木初音! 仲良くしてね!」

「……え、あ、うん……こちらこそ……よろしくね、初音ちゃん」

 耕一お兄ちゃんも、微笑んで挨拶してくれる。

 また更に嬉しくなったわたしは、耕一お兄ちゃんの胸に思いっきり顔を埋める。

 後ろの方で、お父さん達の大きな笑い声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄」が欲しかった。
3人の姉達は、心から私を大切にしてくれていて不満などあろうはずもないけれど、やはり「兄」が欲しかった。
はやくに父を亡くしていたこともあり、特に私が末子であったということもあってか、あるいは父性というものに飢えていたのかもしれない。

愚かにも私の不覚から大好きなヨークに致命的な傷を負わせ、同胞達を真なるレザムへと導くことがかなわなくなり、二重の意味で心を抉られるような痛みに苛まれた時。 勿論姉達は、私を責めることなど微塵もせず、本当に心から労ってくれた。けれど、何処かで私はその想いをまた抱いた。
そして、この星での私達の在り方について、姉達や同胞達が強く言い争い、時には激しく罵り合うのを見るようになってからは、その想いはますます強くなった。

「兄」が欲しい、という想い。

それは同時に、常に誰かに寄りかからずにはいられない、自分のこころの不甲斐ないまでの弱さと甘えを自覚させられることにもなり、自己嫌悪を感じさせるものであった。
けれど、 それでもやはり、優しく、そして力強く私を受け止め、包み込んでくれる存在を求める想いを止めることは出来なかった。

「兄」が欲しいと強く想った。

 

そんな中、私はその「兄」を得た。

 

 

次郎衛門。

 

 

年が近いこともあり私と一番仲の良かった姉、エディフェルと心通わすこの星の人間。

はじて会った時は、正直怖いと思った。
彼の瞳に宿る光が、あまりに鋭いものだったから。

けれど、私の中に流れ込んでくる彼のこころは、とても穏やかであると同時に安らぎに満ちているもので、私はすぐに彼を慕うようになった。

また同時に感じることが出来たこの二人のこころの繋がりは、エディフェルが一族を捨てこの人を選んだことを納得出来る程に、強く深いもので、私はある種の羨望をおぼえた。

 

それから、私は度々姉とこの人が住む庵を訪れるようになった。
いつも彼は真摯な態度で私の話を聞き、時に自分のことを話しながら優しく応えてくれた。
そんな時に彼が浮かべる男臭い笑顔を見ると、なぜか私の頬は熱くなった。胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
けれど、私は気にしなかった。気にしてはいけないこともわかっていた。
本当の兄を慕うように彼を慕う私を、彼もまた本当の妹にするように接してくれた。
時には拗ねて見せ、彼の反応を楽しむ。
そんな、彼に甘えられる時間は私にとってなにものにも代え難い程に、幸せなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、暑いなあ……」

 日陰に入ると、炎天下とのあまりの光量の差から、目がしぱしぱする。
 文字通りの茹だるような暑さに一つ苦笑を浮かべた後、わたしは脱いだ麦藁帽子で胸元をパタパタとやりながら、額に手をかざして窺うように空を仰ぎ見る。

 ぬけるように真っ青な空には、カンカンに照りつける太陽と質感たっぷりのおっきな入道雲が、その存在感を競い合うようにでんと構えている。

 何でも、今年は記録的な猛暑だとかでこんな調子が9月の中頃まで続くみたい。

 

 もっとも……わたし達にとっての「今年の夏」は……。
 

 …………。
 

 ふるふるっ
 思わず沈みかける気持ちを、頭をふって振り払い、気を取り直してあたりを見回す。

 隆山駅。

 わたし達の住む隆山のほぼ真ん中に位置するこの駅は、ここ隆山が全国的に有名な観光地であることもあり新幹線の停車駅にもなっているため、結構大きい。

 そんな訳だから、お決まりの「駅前現象」っていうののおかげで、駅周辺には大手の有名デパートなんかが結構あったりする。 観光客の人達は少し面食らうみたいだけど、わたし達地元人にとってはありがたいかな。

 と、電車が到着したのか、駅の改札方面からたくさんの人が流れ出てくる。

 

 ……ごくっ
 

 思わず喉を鳴らしてしまう。
 頬が上気し、胸が高鳴る。
 けれど、同時にどこか気の重さも感じる。
 胸には、鈍い……けれど心地よくもある複雑な色合いの痛みが走る。

 

 

 期待。

 そして不安。

 

 

 二つの気持ちがわたしの中で、めまぐるしくその位置を入れ替える。
 でも、わたしのそんな気持ちに関係なく、駅からはどんどん人が流れ出て来る。

 だからわたしは、うずくまりたくなるのを我慢しながら、その人の流れの中に一生懸命視線を走らす。
 何年かぶりに会う耕一お兄ちゃんをさがして。

 そう……耕一お兄ちゃんとは、もう何年も会っていない。

 お父さんとお母さんが突然の交通事故で死んで……。
 わたし達だけになってしまった家に、叔父ちゃんが来てくれて……。
 けれど、かわりにお兄ちゃんが来なくなってしまった……。

 ……そしてその叔父ちゃんも……先日やっぱり交通事故で死んでしまった。

 

 ふるふるっ
 

 沈みかけた気持ちを、また頭を振って追い払う。

 

 そうよね……、一番辛いのは耕一お兄ちゃんなんだもの。
 わたし達姉妹はまだお互いがいるけど、数年前に叔母ちゃんも亡くしている耕一お兄ちゃんは、ホントに一人ぼっちになっちゃたんだから……。
 今回は耕一お兄ちゃんにたくさん元気になってもらうんだからっ。
 
  うんっ。
 
 ……とはいうものの。
 
 「はあ……」と、わたしは深い溜息をつく。
 わたしの中でせめぎあっていた二つの感情の片方が、途端に優勢になる。
 自然、わたしの胸に鈍い痛みが走る。

 

 耕一お兄ちゃん……。
 
 あれから何年もたって…大学生になってるんだよね……。
 もう大人になってるんもんね……。
 
 

 …………。

 
 もう……。
 もう……頭を撫でてもらってた……あの頃じゃないんだから……。
 あんなふうに接したら……いくら優しい耕一お兄ちゃんだっていやだろうし……。
 でも、大学生の男の人にどう接したらいいかなんてわからないし……。
 
 …………。
 
 ……どうしよう。
 

「えっと……、初音……ちゃん……?」
 
「……え!?」

 突然の呼びかけに、沈んでいくこころそのままに俯いてしまっていたわたしは、ハッとして顔を上げる。

「あ……」

 慌てて上げた視線の先には、背の高い20歳位の男のひとが、少し気まずそうな笑顔を浮かべてわたしを見ていた。

 声も、背の高さも、わたしの記憶の中の耕一お兄ちゃんのものとは、全然違ってしまっていたけど。
 その困ったような笑顔と、あの頃のわたしのよく知ってる耕一お兄ちゃんの笑顔が重なって。
 だからわたしは、呆然としながらも、しっかり応えることができた。

「耕一お兄ちゃん」

「あ、うん。久しぶりだね、初音ちゃん」

「うん」

 笑顔を浮かべてそう言う耕一お兄ちゃんに、わたしもにっこり笑顔を見せる。

 

 ……でも何で気まずそうな顔してたんだろ?。
 
 …………?
 
 ……あっ。
 

 その理由に思い至って、わたしは思わず顔が熱くなってしまうのを感じた。
 わたしは単純みたいで、よく梓お姉ちゃんなんかに『初音は考えてることがすぐ顔に出る』とよく言われる。今も多分、百面相してたんだ。

 さすがに耕一お兄ちゃんの視線にたえられなくなって、真っ赤に染まった顔を隠すように俯いてしまう。

 

「……み、見てたの?」

 

 恥ずかしさの余り、ワンピースの裾をぎゅっと握りしめながら、耕一お兄ちゃんを上目遣いに窺い訊いてみる。
 そんなわたしを見て、耕一お兄ちゃんは少しの間、ちょっとビックリしたような表情をしていたけど、すぐに、ハハッと「男の人」な笑顔を浮かべると、わたしの頭にその大きな掌をぽんっと置いて、それからくしゃくしゃっと撫でる。

「ハハハッ……変わってないんだね、初音ちゃん。思わず見入っちゃったよ」

「んもう……! すぐ声かけてくれればいいのに……!」

 耕一お兄ちゃんの掌をくすぐったく感じながら、抗議する。

「ハハハ……いや、あんまり考えごとに熱中してるみたいだったから邪魔しちゃ悪いかなって、ね?」

「もう……! 耕一お兄ちゃんったら……!」

 ぷうっと頬を膨らむせるわたしを見て、耕一お兄ちゃんがまた笑う。

「……でも」

 ひとしきり笑いあった後、そう口を開いたわたしに、ん? という表情で耕一お兄ちゃんが首を傾げる。

 何となく気恥ずかしくなって、わたしはまた頬が火照るのを感じる。

「でも……久しぶりなのにわたしだってよくわかったね……」

「ああ……それは……」

 耕一お兄ちゃんはちょっと微笑ってから、少し間を置く。

「ほら、初音ちゃんってば、あの頃とぜ〜んぜん変わってないし。それにこんな往来で人の目も気にせず百面相出来るのは初音ちゃんくらいだよな〜って思ったから」

 耕一お兄ちゃんが、今度は子供っぽい意地悪な笑みを浮かべて言う。

「わ、 わたしだって大っきくなってるから! そ、それに耕一お兄ちゃんのこと考えてたんだから仕方なかったんだもん!!」
 

 あう……。
 
 言ってしまってから、墓穴を掘ったことに気づく。

 

「ふ〜ん……俺の何を考えてたのかな〜? 初音ちゃん?」

 案の定、更に意地悪に笑って、耕一お兄ちゃんがわたしのりんごみたいに真っ赤に染まった顔を覗き込んで来る。

 

 うう……。
 

「もうっ……そんな意地悪な耕一お兄ちゃん知らないっ……!」

 照れ隠しに、プイッと顔を背ける。

「えっ……!?」

 耕一お兄ちゃんが、びっくりしたような声を上げる。

「……そっか」

 暫くの沈黙の後、耕一お兄ちゃんがぼそりとそう呟く。
 気になって、横目にちらりと様子を見てみると、はたから見てもそれとわかるほど、がくうっと肩を落としている。

「そっか……。初音ちゃんはこんな意地悪な俺なんて知らないか……そうだよな……もう何年も会ってなかったんだもんな……。世間の荒波に晒されて俺も自分でも知らないうちに変わっちゃったのかな……。ハハ……もうあの頃とは違っちゃったんだな……こんな俺は知らないよな……そうだ……もう帰ろう……初音ちゃんの知らない俺なんてここに居ても仕方ないもんな……」

 

えっえっえっ!?
 

「じゃ……初音ちゃん……元気でね……?」

 そう寂しそうに呟いて、くるっと回れ右をしてしまった耕一お兄ちゃんのシャツの裾を、わたしは慌ててはしっと掴む。

「ちっ……違うの、耕一お兄ちゃん! ちょっと意地悪だなって思っただけで……そんなのじゃなくて! その……帰らないで……!」

「……でも俺は、初音ちゃんの知らない耕一だから……ここに居ても仕方ないよ」

 ちらっとこちらを窺うようにして、耕一お兄ちゃんが言う。

「そんなことないよ! 耕一お兄ちゃんは、わたしの知ってる耕一お兄ちゃんだよ!」

 寂しそうな耕一お兄ちゃんを見てるとなんでか胸が苦しくなる。
 思わず抱きしめてあげたくなる衝動をなんとかこらえる。

「……ちょっと意地悪な奴でも?」

「……うん」

「……ここに居てもいいの?」

「もちろんだよっ」

 相変わらずこちらに背を向けて顔を見せない耕一お兄ちゃんに、うんっと力強く頷いて見せる。

「……じゃあ……居て欲しい……?」

 ぼそりと耕一お兄ちゃんが呟く。

「えっ……!?」

 耕一お兄ちゃんが、ゆっくりこちらに向きなおす。

「……初音ちゃんにちょっと意地悪な俺でも、側に居て欲しい……?」

「あ……え……」

 なんだか聞き方によってはすごく意味深に聞こえてしまう耕一お兄ちゃんの言葉に、頬がまた熱くなってしまい、思わず俯いてしまう。

「…………」

「…………」

 窺うようにちらっと視線を上げると、耕一お兄ちゃんが真剣な目でわたしを見つめている。
 その視線に耕一お兄ちゃんの本気を見たわたしは、耳まで熱くなるのを我慢しながら、こくん、と頷いて見せる。

 と、その瞬間。
 わたしは耕一お兄ちゃんに、ぎゅうっと抱きしめられていた。

「ううっ〜! 相変わらず可愛いなあ!! 初音ちゃんは〜!!」

 感極まったような声で、そう言うお兄ちゃん。
 耕一お兄ちゃんの胸の中で、ぐりぐりと頭を撫でてくれる掌の動きを感じながらも、わたしはパニックに陥る。

「あああああの! ひひ人! 人が見てるよ! 耕一お兄ちゃん!!」

 真っ赤に染まった顔で、おろおろとあたりを見回す。

「……ほんとに変わってないね……初音ちゃんは」

 そんなわたしの耳元で、先程までとは打って変わった落ち着いた優しい調子で、耕一お兄ちゃんが囁く。

 

 ……あう…… もしかして?
 

「…………」

「……もう……」

「…………」

「……そういう耕一お兄ちゃんも……全然変わってないよ」

 からかわれたことに気づき、軽く溜息をついてからそう言う。
 けれど、今のやりとりで、なんだかさっきまであんなに悩んでたことが馬鹿らしくなってきてしまい、わたしはその分少し甘えさせてもらおうと、耕一お兄ちゃんの胸に頬をすり寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

……再会した時のことは……思い出したくない。

……彼も私も酷い状態だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

「全然、変わってないよな……」

 朝ご飯を食べ終わって、ごろんと寝そべっていた耕一お兄ちゃんが、ぽつんと呟く。

 丁度、使い終わった食器を台所の梓お姉ちゃんに渡して戻ってきたところだったわたしは、それを聴くともなしに聴いてしまい、ちょっと躊躇ってから、訊き返す。

「なにが?」

 耕一お兄ちゃんは、誰も居ないと思っていたのか、ちょっとびっくりしたような表情をこちらに向けてから、苦笑いを浮かべる。

「いや、ちょっとね……」

「?」

「あ、別にたいしたことじゃないんだけど……。この家は全然変わってないな、ってね……」

「うん」

「……でも、ここに住む人間は」

「…………」

 そこまで言ってから、耕一お兄ちゃんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、パシンッと自分の頬を自分の両手で叩く。

「いや、なんでもないよ」

「……うん」

 耕一お兄ちゃんの言いたかったことは、なんとなくわかる。
 それに、なんで言うのをやめたのかも。

 叔父ちゃんが死んでしまって、一番辛いのは耕一お兄ちゃんなんだから、その耕一お兄ちゃんが少しでも 元気になってくれればと、今回ここに来てもらったのに……。
 耕一お兄ちゃんは、ここに来て以来ずっと、逆にわたし達を気遣ってくれている。

 それを感じるたびに、胸が痛くなる。
 お兄ちゃんが可哀想だとか、そういう気持ちではなく。
 なにも出来なくて、なにもしてあげられなくて。
 それが、情けなくて、悔しくて、何よりも哀しくて。
 胸が、しめつけられる。

 だから、そんな耕一お兄ちゃんの助けに少しでもなれればいいと、わたしはいつも思う。

「……そんなに……」

「?」

「そんなに、変わってないよ。耕一お兄ちゃんも、わたしも」

 にっこりと笑顔で言う。

「耕一お兄ちゃんは、あの頃のままの耕一お兄ちゃんだし、わたしはあのころのままの初音だよ」

「……うん」

「耕一お兄ちゃんのことが大好きな、初音のままだよ……」

「…………」

 ちょっと耕一お兄ちゃんが息を飲むのがわかった。
 それがわかった瞬間、顔から火が出るほどの恥ずかしさがわたしの全身をかけめぐる。
 あまりの自分の子供っぽさに、さすがに耐え切れず身の縮む思いがする。

「…………」

 そんなわたしを呆気にとられたような表情で見ていた耕一お兄ちゃんが、やがて少し照れくさそうに笑ってくれる。

「そうだね。あの頃のまま、相変わらず初音ちゃんは、可愛いね」

 寝転がったまま、耕一お兄ちゃんは手を伸ばして、わたしの頭を撫でてくれる。
 なんだか、それで更に恥ずかしくなってしまったわたしは、ちょっとわざとらしいかなと思いつつも、柱の時計に目を向ける。

「あ、あ、あの、わたし、そろそろ学校に行かなくちゃ!」

 思わず、どもってしまう。

 

……あう〜。
 

「あ、うん」

 気づいていないふりをしてくれているのか、耕一お兄ちゃんはよっと見を起こして、いずまいをただす。

「ん。それじゃ、気をつけてね。いってらっしゃい」

 普段はぐうたらなのに、こういうところだけは妙にしっかりしてる耕一お兄ちゃんがおかしくて、思わず笑みが零れる。

「うん。いってきます!」

 くるっと回れ右して、廊下に向かおうとしたわたしの背中に。

「……初音ちゃん、ありがと。俺も初音ちゃんのこと大好きだよ」

 いつもの、優しい耕一お兄ちゃんの声。
 わたしのこころを、あったかくしてくれる耕一お兄ちゃんの声。

 

……何故か、お姉ちゃんたちの顔が浮かんだ。
 

「……でもね、やっぱり初音ちゃんはかわったよ」

「え?」

 その声に、思わず首だけ後ろを振り返る。
 見ると、あぐらをかいた耕一お兄ちゃんは俯いていて、その表情を窺うことは出来ない。

「……初音ちゃんは、大人になったよ」

 俯いたまま、耕一お兄ちゃんは続ける。

「……だって、あの頃の初音ちゃんは、そんな可愛いパンツはいてなかったもの」

 

 って、えぇっ!?
 

 慌てて、スカートに視線を落とす。
 立ち上がるとき、思いっきり焦ってた所為か、変な風に折り目がついていて、殆どお尻丸出しのようなありさまになっているのに、今更ながらに気づく。

「こ、こ、こ、耕一お兄ちゃんっ!!」

 堪えかねたように、おなかを抱えて転げまわる耕一お兄ちゃんを怒鳴りつける。

 いつものやりとり、そして、いつもの時間。
 ちょっと恥ずかしいけど、とても心休まる瞬間。

 だけど同時に、こころの奥にあるどこかが、鈍く痛むのを感じていた。

 

 

 何故なんだろう……。
 

 

 なぜ……なんだろう……。
 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

女として彼を愛するようになったのは、いつからだろう……。

 

はじめは、兄としての彼を心から慕っていた。

それは間違いない事実だと思う。

 

普段はっきりとした感情をなかなかあらわすことない姉が、甘える私に構っている彼を横目で見る時だけは、その整った面に可愛らしい嫉妬の表情を浮かべてしまうのを隠せずにいることに、彼と姉との絆が、間違いなくそこにあることを強く感じることができて、どこか嬉しくさえ思っていた。

 

ただ、彼の優しさや暖かさ、私を包み込んでくれる心地よい想いを感じるたびに、それは私が、彼がその想いを通じ合わせてる姉の……エディフェルの妹であればこそのものなのだ、と自分に言い聞かせるようにしていたのを覚えているから、それだけが事実だとは言い切れないかもしれない。

 

勿論、一番大事なのは「今」ここに居る私が、ここに居る彼を愛しているという、その紛れもない事実であるのだけれど。

 

ただ……何にしろ。

私達の間には……私の「始まり」を特定できないほどに、幾多の想いが横たわっているのであろう。

そう、私は思う。

 

打ちひしがれた者同士としての、再会。

互いの痕を舐めあうような、触れ合い。

 

私は一体なにを望んでいたのだろうか……。

口で言ったとおりの「融和」……?

それとも……。

姉達の復讐のための「破滅」……?

 

…………。

 

わかるのは……。

 

きっかけを作ったのは私で……引き金を引いたのは彼だということ……。

 

互いがひとりぼっちになってしまったということ……。

 

私が涙を流したということ……。

 

彼が私を抱きしめてくれたということ……。

 

全てが終わり、同時に全てが始まったということ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

「……次郎衛門?」

 声にならない叫びのようなものを感じ目を覚ましてみると、隣に寝ていた筈の次郎衛門が身を起こして、窓から覗き見ることの出来る、淡く美しい月にその目をむけていた。

 薄い月光が、次郎衛門を抱きしめるように包んでいる。

 

 しばらく、惚けたようにその姿に見入っていた私は、彼の身体が僅かに震えてるのに気づく。

 

「あ……」

 

 思わず息が漏れる。

 やがて、彼の心を侵す哀しみが伝わってきて、それが私の胸を締めつけ焦がす。

 

「……リネット」

 

 彼と同じように身を起こして寄り添おうとした私の腰を、次郎衛門が抱き寄せる。

「……あいつが俺の名を呼ぶんだ……あいつは……あいつの瞳は哀しみに満ち満ちて……だから……俺はそれがわかるから、抱きしめてやりたいと思うのに……冷え切ったあいつを暖めてやりたいと思うのに……俺達の距離は決して縮まらない……。触れてやりたいのに……抱きしめてやりたいのに……かなわない……」

 

 次郎衛門は、私の胸に顔を埋めながら、声を押し殺したままに泣き、辛さを吐き出すようにしゃがれた声で呟く。
 何を言っても慰めることが出来ないと知っている私は、ただ彼の頭を慈しむように優しく抱きしめる。

 

「……あいつはもういない……それはわかっているのに……それなのに……俺はこうしている……。……なぜだ……なぜなんだ……リネット……あまりに……つらすぎる……こんなことならいっそ……あいつの記憶すべてを……」

 

 そう言って、次郎衛門は私を抱く腕にいっそう力をこめる。

 

「……次郎衛門」

 

 ――私は。

 ただただ涙を流すことしか出来ない。

 ……この人は私を心から愛してくれている。
 それは今こうしている時もこの人の心から伝わってくる。

 だからこそ……。
 だからこそ……たまらなく辛い……。

 彼の心に刻まれた深い痕は、おそらく一生彼にエディフェルを忘れることを許さないだろう。

 いくら彼が私を愛してくれていても……。
 いくら私が彼を愛していても……。

 どんなにしても……私では彼を慰めることができない……。
 なにもできない……なにもしてあげられない……。

 こんなにも、彼を愛しているのに……。
 こんなにも、彼は愛してくれているのに……。

 その悔しさに……。

 その情けなさに……。

 その辛さに……。

 

 淡い月光に照らされたこの部屋で、私達は互いの想いを間近に感じながらも、ただずっと泣き続けるしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 リー、リー……

 

 僅かな肌寒さを感じて、わたしはふと目を覚ました。

 遠くで静かに響く虫の音に、何となくわたしは秋の到来を感じる。

 そろそろはっきりしだしてきた意識が、自分が下着一つ纏っていないこと、そして、そうである理由を否が応にもわたしに思い当たらせてくれる。

 こみあげてくる羞恥と、なんとなく感じてしまう誇らしげな気持ちに、わたしは体にまきついたシーツをいっそう引き上げる。

 くすぐったいような気分で、何気なく寝返りをうつ。
 その視線の先に、窓から覗く淡く輝く月と、薄い月光に包まれるようにしてその月を眺める、耕一お兄ちゃんの広い背中が目に入る。

 

 憑かれたように身を起こすわたし。
 纏わりついたシーツが、はらりと落ちる。

 

 その瞬間、わたしのこころに途方もない哀しみがよみがえり、焼けつくような痛みに胸が締めつけられる。

 

 鼻のおくがツンとする。
 瞳から涙が溢れ、ぽろぽろと頬を伝って零れ落ちるのを感じる。

 

 たまらなく辛い。

 

「……うぐっ……」

 こみあげてくる熱いかたまりを我慢できずに、口から鳴咽が漏れ出す。

「ど、どうしたの!? 初音ちゃん?」

 それに気付いた耕一お兄ちゃんが、慌てたようにわたしの傍に来て訊いてくれる。

「……ひっく……うぐっ……っく……ひっく……」

 心配しないで……そう言いたいのに、喉のおくが熱くてどうすることも出来ない。

 

「初音ちゃん……」

 耕一お兄ちゃんがわたしをぎゅっと抱きしめて、あやすように背中を優しく撫でてくれる。

 だからわたしも、耕一お兄ちゃんのシャツにしがみついて、涙がひくまで泣き続けた。

 

 

 

 

「で……どうしたの……?」

 泣きやんでも、耕一お兄ちゃんの胸に顔を埋めたままのわたしに、お兄ちゃんは優しく訊いてくれる。

「…………」

 僅かな躊躇いの後、勇気を振り絞ったわたしは、耕一お兄ちゃんの背にまわした両手にぎゅっと力を込めて、お兄ちゃんの顔を見上げる。

「……夢を……見たの」

「夢?」

 不思議そうに耕一お兄ちゃんが訊き返す。

「……うん……リネットの……夢」

「…………」

 耕一お兄ちゃんの身体が少し強張るのがわかった。

「……お兄ちゃんは……後悔……してない……?」

 耕一お兄ちゃんの目を見つめて、思いきってわたしは口を開く。

「…………」

 一瞬、耕一お兄ちゃんの目が冷たく固まってしまったように見えた。いままで私を映していた瞳が、どこか遠くを見ているように霞みがかってしまう。
 

 ……後悔……してるのかな……。


 自分で訊いておきながら、ずっしりとした重みを伴って心が沈んでいくのがわかる。

 そんな私を現実に引き戻したのは、耕一お兄ちゃんの人差し指。私の鼻の上にそれをちょこんと乗せていた。

「初音ちゃんは、後悔してるの?」

 

「え?」

 思いもかけない言葉。

 

「……そっかあ……そうだよなあ……そりゃ後悔するよな……」

 悲しそうにそう呟いた耕一お兄ちゃんは、わたしを抱きしめてた腕をほどくと、寂しそうにごろんと寝返りを打って、向こうを向いてしまう。

「えっ、あの、お兄ちゃん……?」

「……そりゃ後悔するはずだよなあ……こんなぐうたらで……一人じゃ何も出来ないようなダメダメな上にエロエロ大学生の恋人だなんてイヤに決まってるよなあ……ハハッ……俺はなにを考えてたんだて……そうだよな……初音ちゃんみたいな可愛い子が後悔しないはずないよなあ……はあ……」

 寂しそうな耕一お兄ちゃんの背中に、わたしの胸はきゅんと締めつけられる。
 自分の無神経な言葉を、ひどく後悔する。

「そ、そんなことないよ……! わたし後悔なんてしてるわけないよ!」

 耕一お兄ちゃんのシャツの背中を両手でぎゅっと握って、言う。

「……いいんだ、初音ちゃん……無理しないでよ。……初音ちゃんが後悔するのも無理ないよ」

 ぼそっと耕一お兄ちゃんが呟く。
 そんな耕一お兄ちゃんの様子に、わたしの胸はいっそう締めつけられ、甘く痛む。

「ホントに後悔なんてしてないよ……! 信じてよ! お兄ちゃん!」

「……ホントに?」

「ホントにだよ……だから……お願いだからこっちを向いてよ……お兄ちゃん……」

耕一お兄ちゃんの背中に額をつけて、わたしはお願いする。

「……ホントに後悔してない?」

「後悔するわけないよっ」

「……どうして?」

 

 えっ?
 

「ど、ど、どうしてって……」

 

 だ、だって……。
 

「どうして?」

 顔を真っ赤にして、あうあうと口をぱくぱくするわたしに、耕一お兄ちゃんは重ねて問う。

「だ、だって……その……あの……」

「だって?」

「……こ、耕一お兄ちゃんのこと……す、好きだから……」

 言ってしまってから、あまりの恥ずかしさに身体中が熱くなる。

 その言葉に、何故か耕一お兄ちゃんの身体がピクッと反応する。

「初音ちゃんは、俺のこと好きなの?」

「え? あ、う、うん……」

「じゃあ……」

「……?」

「じゃあ……俺に抱かれて嬉しかった……?」

 

「え……!?」

 

 えっ、えっ、えっ、ええっ!?
 

急な耕一お兄ちゃんの、あまりに直線的な問い掛けに、わたしの頭はどうしようもない程混乱してしまう。

 

「……やっぱり……嬉しくないよね……」

 返事を返せないわたしに、耕一お兄ちゃんはまた寂しそうに呟く。

「あっ、ち、違うのっ……う、嬉しくなくなんかないよ……」

 それに、わたしは恥ずかしいのを必死に我慢して言う。

「じゃあ……嬉しい……?」

 そんなわたしに、耕一お兄ちゃんは再度問い掛けて来る。
 あまりの恥ずかしさに、全身がこれ以上ないほど熱くなり、目をきゅっと瞑ると目尻に涙が浮かんでしまう。

「……うん」

 全身を苛む羞恥を必死に我慢して、こくん、と頷く。

 

「ううぅっ! 初音ちゃんっ!!」

 

 変な唸り声を上げて突然振り返った耕一お兄ちゃんが、ガバッとわたしを抱きしめて来る。

「はあ〜、初音ちゃんはホントに可愛いいい子だなあ〜」

 耕一お兄ちゃんは、呆然とするわたしの髪の毛を撫でながら、感極まったようにそう言う。

 

「も、もう……! 耕一お兄ちゃん意地悪だよ!! すごく……すごく恥ずかしかったんだから!!」

 やっとからかわれたことに気付いたわたしは、あまりの腹立たしさに、耕一お兄ちゃんの抱擁から逃れようと、じたばたと腕をつっぱたりしてみるけど、耕一お兄ちゃんがそれを許さない。

 

「……初音ちゃん」

 耕一お兄ちゃんが、わたしの耳元でそっと囁く。

「……知らない!」

 腕の中から逃れることを諦めたわたしは、ぷいっと顔を背ける。
 そんなわたしに、優しい微笑みを浮かべながら、耕一お兄ちゃんは続ける。

「俺も……後悔なんかしてないよ……初音ちゃん……。俺が、柏木耕一が、心から愛してるのは……初音ちゃんだけだよ……初音ちゃん、だよ……」

 耕一お兄ちゃんが、わたしの耳に軽くキスをしながらそう囁き、つづける。

「……それを……初音ちゃんに信じてもらえないのは……辛いよ……」

「……耕一お兄ちゃん……」

 そんな耕一お兄ちゃんに、怒ってることも忘れ、わたしの胸は熱くなり瞳に新しい涙が浮かんでくるのを感じる。

「……ゴメンなさい……お兄ちゃん……わたしも、耕一お兄ちゃんのことを誰よりも愛してるよ……」

 そう応えて、耕一お兄ちゃんの唇に自分のそれをゆっくりあわせる。

「へへ……」

 気恥ずかしさに、なんとなく照れ笑いを浮かべるわたしに、耕一お兄ちゃんがニヤッと笑う。

「初音ちゃん……」

 

 ……う……いやな予感……。
 

「な、なに、お兄ちゃん……?」

「抱かれて嬉しいってのは、俺としては光栄だけど……まさかもう一回……?」

 かあっと、顔といわず耳といわず、トマトみたいに真っ赤に染まっていくのが、自分でもはっきりわかる。

「……も、もうっ! 耕一お兄ちゃんのバカっ! エッチっ! 知らないっ!」

 

 



初出   :1998年9月
加筆修正:2000年4月

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