『未来予想図』

 

 

 カララッ

「…………」

 自分で開け放った窓から軽く顔を出し、相変わらず何を考えているのかわからない表情で数瞬動きを止めてから、彼女、舞は思い出したように部屋の中を振り返る。

「……佐祐里、いい天気」

 ちょうど部屋に掃除機を持ち込んできたところだった佐祐里は、その声に、? とその笑顔を上げてから、 舞に歩み寄る。

「あははーっ、ホントだねー。……それにほら、見て、舞。桜もすっごく綺麗だよー」

 舞の隣に並んで、一度眩しそうにその高く透き通るような青空を仰いでから、佐祐里は嬉しそうに眼下の桜並木に視線を落とす。

「……綺麗」

 霞みたなびき、はらはらと舞い散る桜。

「いい風だね、舞」
「……うん」

 吹き上げてきた微かに草花の香りを含んだ柔らかな風に、髪を流されて目を細める。

「…………」
「…………」

 風に吹き上げられた桜が、二人の目の前を舞う。

「…あははー。舞、早目にお掃除すませちゃおっか?」

 佐祐里が舞の顔を笑顔で覗き込む。

「……うん」

 舞は、やはり表情を変えずに、こくりと頷いた。

 

 
 
 

○○○




 

 

3月△日

 満開の桜。
 完全に冬の残滓の抜けきった、柔らかな陽光と心地よい微風。

 春、爛漫。

 まだ新築の匂いが残る、真新しい6階建てのマンション。
 その6階の角部屋。

 真新しい表札には

 川澄 舞
 倉田 佐祐里
 相沢 祐一
 

 今日から。

 ここで、今日から俺達三人の新しい生活が始まる。

 舞に約束した通りの、俺と佐祐里さんとそして舞の、三人での生活。

 十年の間、俺と遊んだあの金色の麦畑のあった場所を守りつづけてきた舞。
 ただ一つの、俺を引き止めるための嘘のために、その笑顔を失い、十年間のしがらみに縛り付けられることになった舞。
 自分を否定しつづけてきた、舞。

 愛おしい、舞。

 舞の止まっている十年という長い長い時間を、俺は取り戻してやりたい。
 もしかしたら、それは難しいことかもしれない。
 でも、佐祐里さんも手伝ってくれる。
 少女から始め直す舞の新しい生活は不安に満ち溢れ、舞はきっと泣くだろう。ぐしゅぐしゅと。
 でも、俺たちがついていてやれる。傍で見守ってやれる。すぐに慰めてやれる。
 そうして、少しづつ涙の量を減らしていけばいい。
 すぐに普通のオンナノコに追いつく。
 そしたら、俺たちはずっと笑っていられる。
 佐祐里さんはいつも笑顔だから、これ以上楽しくなったらどんな顔をするのか想像もつかない。
 そう、想像もつかないほど楽しく平穏な日々だ。

 きっと、舞も自分を好きになれる。
 笑っていられる。
 

 そんな日々に向かって、俺たちは今日この新しい小さな生活を始めた……。

 

 

 

○○○

 

 

 
 

「あははーっ、舞〜?」

「……佐祐里、重い」

 背中にのしかかるように抱きついてきた佐祐里に、舞が肩越しに振り返って言う。

「あははー、ひどいよー舞。佐祐里は舞より重くないよー?」

 ぽかっ。

 舞のチョップ。

「……私だってそんなに重くない」

「あははーっ。ところで、随分熱心に読んでるみたいだけど、それなあに? 舞」

舞の背中にぺたっとはりついたまま、肩から舞の手元を覗き込むようにして佐祐里が訊く。

「……日記……みたい」

「ふぇ? 日記って……祐一さんの?」

「うん」

「はぇ〜、ダメだよ舞。祐一さんの日記なんだから勝手に見ちゃ。祐一さんに怒られちゃうよー?」

「……とか言いながら、佐祐里もう読んでる」

 舞のツッコミ通り、口では舞を注意しながら、佐祐里の視線は既に舞の手元に広げられている祐一の日記の上を走っている。

「あははー、バレちゃった?」

 佐祐里があっけらかんとした表情で笑う。

「それにしても……」

「……?」

「舞、祐一さんにすごく愛されてるね」

「…………」

 ……ぽかっ。

 頬を染めた舞が、佐祐里にチョップをする。

「あははーっ、舞ったら照れてるー」

「…………」

 ぽかっぽかっ。

 楽しそうに笑う佐祐里が更にからかい、真っ赤になった舞が俯いたまま、ぱこぱことチョップを繰り出す。
 子猫のようにじゃれあう二人。

「……あ」

「はわわわ」

 と、はしゃぎすぎて、もつれるようにして絨毯の上に寝転んでしまう。

 その二人の目の前で、祐一の日記が窓から吹き込んだ穏やかな春の風に捲られ、パラパラパラッと音をたてる。

「…………」

「…………」

 先に身を起こした佐祐里が、それを大事そうに手元へ――舞と自分の中央に――引き寄せる。
 そして、先刻舞の読んでいた書き出しのページをまた開き、懐かしそうに笑いながら軽く一読する。

「そっかあ……今日でもう一年なんだよね、舞……」

「……うん」

 そして、暫く二人で感慨深そうに祐一がちょうど一年前の今日書いた文字に見入る。

 ……が、すぐに舞がそわそわしだす。

 くいくいっ。

 佐祐里のブラウスの袖を引っ張る舞。

「ふぇ? どうかした、舞?」 

「……続き」

「はぇ〜……でも、これ以上はホント祐一さんに怒られちゃうよ?」

「祐一、私たちに秘密は作らないって言ったから」

「はぇ〜……そういえば……」

「だから、大丈夫」

「あははーっ、それもそうだね、舞」

 舞の理屈とはいえない理屈に、佐祐里はにっこり笑って、いやにあっさりと陥落する。

「じゃあ、続き読んでみようか」

 にっこり、とあっけらかんとした笑顔で浮かべる。

「……うん」

 どこか釈然としないような表情を浮かべながらも、舞がコクンと頷く。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

4月●日

 むう……今日も遅刻した。
 これで、始業式から数えて14日間連続だ。
 ……さすがにマズイ。

 直接の原因は、お気楽極楽大作戦な大学生になった舞と佐祐里さんの度重なる夜更かしに尽く付き合い、その上更にその後の詳しいことは謎だが何故か著しく気力体力を消耗する一連の事情に付き合ってる、ということにあるのは明白だ。
 そら、毎日毎日三回以上イタシてたら朝もキツイに決まったる。何をイタシているのかはあくまで謎だが。

 そもそも、こんなことになるのはある程度予想出来ていた。……なにせ自分のことだからな。
 今日はしまい、と心に決めていても、そこは心身ともに大健康な青少年。舞と佐祐里さんがイタシてるのを知りながら、黙って寝入るなんてことが出来ようはずもないってもんだ。うむ。
 だからこそ、俺は今年から同居を始めることには消極的だったのだ。

 それを、舞のヤツがぐしゅぐしゅ泣いて駄々をこねるものだから……。

 ゆえに、俺はここに明記しておく。

 もし俺が今年卒業することが出来なかったら、それは舞の所為である、と。

 勿論、舞の所為であるからして、舞にはしっかり責任をとってもらうことになるであろう。
 何せ、人生の中で最も輝ける時期でもある青春一年分を一年という長い期間にわたって棒に振ることになるわけであるからして、当然その責任は果てしなく重いと云わざるをえない。
 舞には、そんな重い責任をとってもらうことになるわけだ。つまりお仕置きだ。
 詳細は不明だが、おそらく舞にはたっぷり奉仕してもらうことになるであろう。更に、普段はさせてくれないところでイタシたりしちゃったりしたあげく、ちょっとアイテムを使ったりすることになることはある意味必然とも言えるかもしれない。
 あくまで詳細はあくまで謎だが。……ぬう……楽しみである。えへ。

 

 

 

 

○○○

 

 

 
 

 ぐしゅぐしゅ……

「はぇ〜、舞泣かないでよ〜」

 ぐしゅぐしゅ……

「ほら、いい子いい子してあげるから」

 言葉どおり、膝を抱えてぐしぐし泣いている舞の頭を、佐祐里は困ったような笑顔を浮かべながらよしよしと撫でてあげる。
 それに少し落ち着いたのか、瞳に涙を一杯にためた舞が佐祐里を見上げる。

「……っく……だって…うう……祐一、ひどい……ううぅ」

 ぐしゅぐしゅ

 自分で言っていて、また悲しくなってしまったのか、舞が再び鼻を啜るようにして泣き始める。

「はぅ〜、コレはきっといつもの祐一さんの冗談だよ。舞」

「……ぐしゅ……だって……お仕置きする……って…うう」

 ぐしゅぐしゅ……

「えっと……多分コレは「オシオキ」なんだろうだけど、「お仕置き」じゃないと思うけど……」

 ポッと頬を染めながら、少し恥ずかしそうに佐祐里が呟く。

 ぐしゅぐしゅ……

「じゃなくて〜……、えっと、祐一さんがホントに舞のことを恨んでるわけないよ〜。だって、祐一さんは舞のこと大好きなんだから。ね?」

「……うぅ……ぐしゅ……でも、きっと祐一、怒ってる」

 ……ぐしゅぐしゅ。

「大丈夫だよ〜、舞。結局祐一さんちゃんと卒業も出来たんだし、ね? ほら、一緒に卒業式観に行ったじゃない」

「でも……っく……でも……」

「はぇ〜……あ、そうだ……」

 何かを思い立ったように、佐祐里はエプロンに付いてる大きなポケットをゴソゴソとやる。
 そして、お目当てのモノを見つけて、嬉しそうに笑う。

「ほら、舞〜。コレな〜んだ?」

 相変わらずぐしゅぐしゅ言ってる舞に、佐祐里がポケットから出した小振りな箱型のモノを振ってみせる。

 カシャカシャカシャ

「……っく……うぅ……?」

 ぐしゅしゅっと鼻を啜り上げて、チラッと視線を上げてみた舞の目に飛び込んできたものは。

「……たべっこ動●園さん」

 『たべっこ動●園』……ご存知リスボ●から絶賛発売中のクッキー菓子。
 ラブリーな動物の型でとられたクッキーで子供たちの心を鷲づかみし、かつクッキーそれぞれの表面に当該動物の名前がカタカナ及び英語で焼かれているため、教育熱心なお母様方までをもめろめろにしている定番商品だ。

 ちなみに、『川澄舞研究家』相沢祐一の考案した、『舞を泣きやませる7つ道具』の一つである。

 瞬時に泣きやんだ舞が、ディフォルメされた動物達が描かれた『たべっこ動物園』の箱にスッと手を伸ばすが、手が届く寸前で佐祐里はそれを自分の背に隠してしまう。

「あははーっ、だ〜め」

「……佐祐里」

 また、舞の瞳にじわっと涙が滲む。

「あははーっ、駄目だよ舞〜? 食べるんなら笑顔で食べてあげないと動物さん達が可哀想だよ〜?」

「……あ」

 慌てて舞が目元をゴシゴシとこすって涙を拭う。そして不器用な舞なりに、微笑みらしきものを浮かべる。

「あははーっ、可愛いよー。舞」

 我慢できないように一度舞をきゅーっと抱きしめてから、佐祐里も微笑う。

「舞は、なにが欲しいの?」

「……キリンさんと、シマウマさん」

「じゃあ……」

 箱を開けて、ゴソゴソとやる。

「はい、どうぞ」

「キリンさんとシマウマさん……」

 掌の上に渡された、キリン型とシマウマ型をしたクッキーを、ほうっと眺める舞。
 それを見て佐祐里はホッと一息をつき、今度はニッコリ笑う。

「あははー、じゃあ私はラクダとイヌにするねー」

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 7月□日

 週末の休日。
 佐祐里さんは急なバイトで不在。
 家に居るのは俺と舞の二人だけ。

 つまり、なんだ……久々に二人きりの時間な訳だ。

 そんな訳だから、普段佐祐里さんの目を気にして出来ないようなあんなことやこんなことをこの機会に心行くまでイタして堪能し尽くそうと、『何でも命令権』争奪動物シリトリを行うが、ヤロウたったの2巡目にして 俺の「クマ」に対し「マッドプピーさん」を回しやがりくさってあえなく惨敗。
 するとナニか?俺のこの臨戦態勢丸出しな、『びっくりすてぃっく』は飼い殺し決定か?等と青少年らしい失望感に少し打ちのめされる。

 と一人沈む俺の横で、先程から何やらモジモジしていた舞が「……今日は、いつも祐一が私にしてくれることを、私が祐一にする」等と俯きがちの囁くような声で言う。
  よく意味がわからないので詳しく話を聞いてみると、どうも普段は料理されっぱなしなのでたまには舞のほうで料理してみたいとのこと。
 ……男女同権万歳。
 無論、俺の方に否やもなく、悦んで……もとい、喜んで協力を申し出る。
 そんな訳で、今日は時にはリビングで、時には台所で、時にはお風呂場で、そして時には冒険しちゃって ベランダで俺の当社比30%増しの『しーくれっとばー』が大活躍。勿論、あくまで料理の話だが。
 そんな訳で、今日は舞の料理の腕に大満足した一日だった。
 たまにはこういうのもいいかも。えへ。

 

 

 
 
 

○○○

 

 

 

 

 さすがに恥ずかしく思ったのか、顔を真っ赤にして身を縮めるように俯いていた舞が、おそるおそるといった感じで日記に目を落としたまま先程から微動だにしない佐祐里をちらっと見る。
 が、舞の心配をよそに佐祐里はいつも通りの笑顔だ。怖いくらいに笑顔だ。

「あははー」

「…………」

「あははー」

「…………」

「あははー」

「……あの……佐祐里」

 覚悟を決めたように、舞が口を開く。

「あははー」

「……あの」

「あははー」

「……その」

「あははー」

「……さ、佐祐里、ごめんなさい」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……祐一さんはお仕置き決定だね?」

 にっこり笑顔のまま、可愛らしく小首を傾げる佐祐里。
 そのあまりの迫力に、舞は何も言えずただこくこくと首を縦に振るしかなかった。

 ……祐一の馬鹿。

 少し、祐一を呪ってみたりした。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 10月×日

 休日。

 朝、半ば以上夢現な頭でベッドから抜け出してリビングに行ってみると、佐祐里さんがいつものニコニコ顔 で朝ご飯を用意して待っていてくれた。
 話を聞くと、どうも舞は急なバイトが入ったらしく出かけたらしい。

 ナイスタイミング。

 折りよく北川に、舞の大嫌いな新作ホラー映画の試写会のペアチケットを貰い、どう舞を言いくるめて佐祐里さんと二人で観に行こうかと思案していたことを思い出し、即断即決。
 押しに弱い佐祐里さんを、思うが侭に押し切って出発。

 映画の感想。
 ふにゃふにゃの佐祐里さんに抱きつかれるのは予想通り気持ちえがった。以上。

 映画館を出ると、まだ昼までには少し時間があったので、佐祐里さんのウィンドゥショッピングに付き合いつつ、舞の目がないこともあり、思うが侭にいちゃつく。ちゃー●ーぐりんの新婚さんも真っ青ないちゃつきっぷりを満喫しつつ、ランチは佐祐里さんご推薦の洒落た感じの店でイタリアン。

 食事の後は適度な運動をとらないと健康に悪いことこの上ないので、少し『ご休憩』。
 あくまで目的は食後の軽い運動だ。
 いつもと違う浮ついた雰囲気に加え、なんとなく微妙に感じる背徳感に刺激を受け、ちょっとのつもりが少し盛り上がってしまい、『延長』。
 ちなみに、俺は4回で佐祐里さんが6回だった。俺の勝ち。
 何がって、あくまで食後の運動の話だが。
 
 

 

 

○○○

 

 

 

 

「…………」

「……あ、あははー」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……ぐしゅ」

「…………」

「……ぐしゅぐしゅ」

「は、はぇ〜……ゴメンね、舞?」

 じわっと瞳に溢れさせた大粒の涙をぽろぽろと零す舞の頭を、よしよしと撫でてやりながら、その顔を覗き込むようにして謝る。

「……っく……ううぅ……佐祐里を……うぅ……泣かしたら、許さない……っく……から……ううぅ」

「あ、あははー、泣いてるのは舞だってば〜」

 訳のわからない強がりを言う舞に、佐祐里が困ったような笑顔でツッコミを入れる。

「はぇ〜、ほら、またたべっこ動物園上げるから泣きやんでよ〜舞〜」

「……ううぅ……ぐしゅしゅ……ライオンさんとカバさん」

「えっと……はい、どうぞ」

 もふもふとクッキーを頬張り、涙も引き気味になった舞に、佐祐里はホッとしたような笑顔を浮かべる。

「あははー、あとで一緒に祐一さんにお仕置きしようね、舞?」

「……うぅ……っすん……はちみつクマさん」

 

 

 
 
 

○○○

 

 

 

 

1月◆日

 突然だが、舞の乳はいいグアイである。
 いわゆる、「掌じゃおさまんね」的なサイズだ。
 具体的な数字で表した場合、名雪の83・佐祐里さんの84というのに対して、実に89という数字である。
 名雪や佐祐里さんとて、別に小さいというわけではない。いや、むしろどちらかといえば平均値以上であるとも言える。
 そういう数字を向こうにまわしての、この数字。その身長差を考慮に入れても、ちょっと圧巻である。
 なにせ、あと1センチで、『横綱』90センチ台に手が届くという驚きの数字だ。『大関筆頭』。
 ある意味、国産の限界とも言えるであろう。うむ。

 ところが。ところが、である。
 舞は、どうもこのアドバンテージを活かし切れていないように思えて仕方ない。

 まず、舞はどちらかというと冬に限らず着膨れするタイプなので、視覚的に美味しくない。
 もっとこう……89を思うがままに堪能させてくれるような着こなしを求めたいところである。
 それに、一緒にお風呂に入るときも、妙なところでテレて俺にすぐに背中を向けてしまう。つまり、アレが、こう……お湯にプカプカ〜と浮かぶさまをなかなか見せてくれないのである。しょうがないからいつも後ろから鷲づかみすることくらいしか出来ない。実に不満である。
 そして何より、一番の問題は、アレを用いたサービスをまだしてもらっていない、ということだ。
 そう、アレである。『漢(をとこ)の夢』と言っても過言ではない、あのサービスだ。なにがサービスなんだか詳細はあくまで謎だが。
 何せ89である。ぱふっと挟んでぺろっとしてもらうことさえ可能と推測される。……うう〜ん、たまらん。
 まあ、コレについては俺の方で何か気恥ずかしくまだ一回も頼んだこともないという事情でもあるので、今度一回言ってみるべきであろう。そして、要教育。コレに限る。詳細はあくまで謎だが。

 ……しかし、こんなんで日記って言うのか?

 

 

 

 

○○○

 

 

 
 

「……言わない」

「あははーっ」

 ゆでだこのように真っ赤になった顔を俯かせ、モジモジしつつツッコミを入れる舞を、佐祐里が笑う。

「あははーっ、祐一さんってば舞のおっぱいが大好きなんだね〜」

 ぽかっ。

「でも、ホントにおっきいもんねえ〜舞のおっぱい」

 ぽかっぽかっ。

「はぇ〜、私ももう少しおっきかったらよかったんだけどなあ〜」

「……それはダメ」

 俯いたままチョップを入れていた舞が、真っ赤な顔のまま上目遣いに佐祐里を睨む。

「ふぇ? なんで、舞?」

 少し意地悪な笑顔で、佐祐里が舞の顔を覗き込む。

 ぽかっ。

「ねぇ〜なんで〜? 舞〜?」

 ぽかっぽかっ。

「あははーっ、で、結局もう祐一さんにしてあげたの?」

「……?」

「あははーっ、さーびすだよ〜」

 ぼっ。

 そんな音が聞こえるんじゃないかと思うほどのテレっぷりを見せる舞。

 ぽかっぽかっぽかっ。

「あははーっ、痛いよ〜舞〜」

「……知らない」

 ぷいっと横を向く舞。

「じゃあ……えいっ」

 不意をついて、佐祐里がきゅっと舞いに飛びつく。

「……ん……佐祐里?」

「あははーっ、お返しだよ〜」

「……んぅっ……さ、佐祐里?」

「あははーっ」

「……んぅ……や……佐祐里」

「あははーっ」

 

 

 
 
 

○○○

 

 

 

 

3月◎日

 こうして日付をつけるのも、今日で364回目だ。

 つまり、明日で一年目。
 俺と、舞と、佐祐里さんの、三人での生活を始めてから明日で一年が経つことになる。

 長いようで短かった一年。
 短いようで長かった一年。

 今、一年前の明日のこと。
 つまり、この日記の始めのページを読み返してみた。

 何となく、気負ってる自分をそこに見つけて、少し気恥ずかしい思いをした。

 この一年間の、様々な出来事が頭をよぎる。

 舞だけでなく、俺にも佐祐里さんにも克服しなければいけない問題があったり。
 助けてやることばかり考えていた舞に、逆に二人して助けられたり。
 ずっと笑っていられることばかりじゃなくて、ずっと楽しいことばかりじゃなくて。
 辛いことも、悲しいことも、同じくらいにあって。
 何度も喧嘩して、その度に仲直りをして。

 それは平穏と言うよりは、むしろ騒がしかったけれど、とても満ち足りた日々。

 俺は自分に問い掛ける。
 一年前の俺に気恥ずかしさを感じていながらも、目を瞑って考える。

 俺は、舞の失った時間を取り戻してやれているのだろうか。
 俺は、佐祐里さんの負ったキズを癒してあげられているのだろうか。

 俺自身が、二人にどれほど救われてきたか痛いほどわかるだけに。
 それと同じほど、俺は二人の拠り所になってやれているのか、と。

 俺は少し自惚れてみる。
 二人が俺の傍に居続けてくれることがその答えじゃないか、と。
 二人が俺の傍で笑っていてくれることがその答えじゃないか、と。
 一人でもなく、二人でもなく。
 三人で居たからこそ、俺達はやってこれたのだ、と。

 明日で、俺たちのこの小さな共同生活が始まって一年になる。

 明日という日を、三人でお祝いしよう。

 きっと、舞も、佐祐里さんも、賛成してくれるだろう。

 俺達の人生が重なり合った明日という日を。
 過ぎ去った過去ではなく、この先に続いていく長い長い未来でもなく。
 俺達三人が一緒に居る、今という時を。

 騒がしくも、楽しく、満ち足りた今という時間を。

 三人で居られることを、祝おう。

 

 

 
 
 

○○○

 

 

 

 

「ただいま〜……って、あ、成る程」

 宵闇に支配された部屋を、窓から射した淡い月光が僅かに照らし出す光景。

 玄関でのお出迎えがなかったことを、ちょっと不満に思いつつも自室に入ってみた祐一が、納得したように頷く。
 それから、少しばかり自分が抱えてる二つの花束に考えるように視線をとどめてから、軽く肩を竦めてそれをデスクの上に放る。

「ったく……」

 苦笑を浮かべながら、自分のベッドから引っこ抜いたタオルケットを、何故か自分の部屋の絨毯の上で仲良く丸まって、安らかな寝息を立てている二人にそっとかけてやろうとする。

 その瞬間。

「っ!?」

 二人の手元に無造作に置かれた、開かれたままの。
よく見知った作りをした、日記帳。

 そこに至って、ようやく祐一も状況を悟る。

「ぐわっ……」

 そこに自らがだらだらと書き連ねた内容を思い出し、日記というプライベートを侵害された怒りより、やがて二人の人の形をした悪魔によって発動される情け容赦のない制裁に恐れおののき、狼狽する。

「……んぅ……祐一さん〜」

「……んにゅ……祐一」

 そおっと足音を殺して、早くも部屋から退散しかけた祐一の身体が、ビクンっと盛大に引きつる。

「…………」

 ダラダラと盛大に冷や汗をかきつつ、覚悟を決めて、ぎこちない動作で振り返る。

「……すー……」

「……ん……」

 そこに居たのは、微かな月光をその身に受け、相変わらず丸まりながら、お互いの頬に頬を擦りつけるようにし寝入る二人。

 その、嬉しそうな、幸せそうな、満ち足りたような、安らかな寝顔に祐一は暫し見入る。

 そして、少しの苦笑を浮かべて、諦めやように深い溜息をつく。

「って、窓も開けっ放しにして……風邪でも引いたらどうするつもりなんだか」

 やれやれ、というような口調で言いながら、窓際に歩み寄る。

 宵闇の中、眼下には、街路灯にライトアップされた満開の夜桜。
 拡がりつつある闇色の空気に、妖しくも華やかな薄紅色がよく映える。

 桜並木をさーっと吹き抜けていく風が、祐一のところまで薄い桜の花の薫りを運んでくる。

「……風流だねえ」

 桜を舞わせる春の夜風に浸るように、目を細める。
 それから、なるべく音をたてないように気をつけて窓を閉め、振り返る。

 そして、苦笑を浮かべながら、また二人の寝顔を眺める。

 自分にとって、誰よりも大事な二人の寝顔を。
 家族の、寝顔を。

「……お仕置きはやめて欲しいぞ」

 祐一は微苦笑を浮かべたままの顔で二人の寝顔を眺めながら、幸せな溜息をつく。

 

 

 

 


 
 

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