第七章 冬間近 
 

「耕一さん、どうぞ」 
「ありがとう、千鶴さん」 

 差し出された缶コーヒーを受け取り、俺は従姉の女性に礼を言う。 

「落ち着きましたか?」 
「うん。もう大丈夫だよ」 

 安心したように、千鶴さんは微笑んだ。 

「長い、夜でしたね……」 
「うん……」 

 向こうでは、妹三人が何かあれこれと喋り込んでいる。さっきまで少し離れた場所にいた柳川は、いつのまにか隣で中華まんを頬張っていた。 

「でも、終わったよね……」 
「ええ……」 

 俺達は、疲れた表情を消して穏やかに笑いあった。 
 その時、駆け寄ってきた姉妹達が楽しそうに俺達を取り囲む。 

「耕一お兄ちゃ〜ん! ほらほら、朝日だよ〜!」 

 初音ちゃんの元気な声が俺の耳に届く。その言葉につられ、俺は東の空を眺めやった。 
 赤く染まった朝焼けの空。次第に昇ってくる、真っ赤な太陽。反対側では、白くなってゆく夜空に、月が溶け込もうとしていた。 

「ん〜、今日もいい天気になりそうだね。どうせだから、このまま一日学校休んで、みんなでどっか遊びに行かない?」 
「こらっ、梓! 貴女は受験生でしょう、無駄なさぼりは許さないわよ!」 
「なんだよ〜千鶴姉。受験生だって、たまの息抜きくらいは許されるだろ〜」 
「そうはいきません。私だって、はやく隆山に戻って仕事をしないと……二、三日とはいえ、急にお休みしたんだから、足立さんに任せっきりには出来ないんですからね」 
「じゃあ、私と初音は問題ない、と……」 
「か、楓?」 
「姉さん達は大変だものね。私達は、耕一さんと遊んでから帰ろうか? ね、初音」 
「うんうん。いいアイデアだね、楓お姉ちゃん。私、遊園地がいいなっ」 
「は、初音〜、あんたまでそんな酷い事を言うのか〜? あたしゃ、そんな無慈悲な姉は持っても妹を持った覚えはないぞ〜」 
「あずさぁっ! なんですってぇっ!?」 
「あわわわ……うっ、嘘だよぉ、お姉ちゃん達。だ、だから、そのくらいにしてあげて。ねっ? 千鶴お姉ちゃん」 
「くすくす……大丈夫よ、初音」 
「え?」 
「姉さん達、いつもみたいにじゃれあってるだけだもの」 
「え?あ、そ、そうみたいだね…………あはははは」 

 慌ただしい都会の朝も、この従姉妹達といれば穏やかな朝に変わる。……いや、ある意味これも慌ただしいのか? 

「……みんな、楽しそうだなぁ……」 

 そう考えて微かに苦笑を漏らした俺の脇を、そよ風がふわっとすり抜けた。 
 夜を連れ去り、朝を運ぶ風。始まりであり、終わり。また、終わりでもあり、始まりを体現する晩秋の寒風。 
 その風の中に何かの到来を感じ取り、俺はふと不安に駆られ、隣に座る叔父に聞くともなしに問い掛けた。 

「──これで、終わったんだよな……?」 
「ああ……いや…………」 

 柳川は、すっと眼鏡を押し上げて呟いた。 

「もしかしたら、また、何かが始まったのかもしれんな……」 
「……そう、だな……」 
 
 

 冬はもう、すぐそこまで迫っていた──── 
 
 
 
 

六章

後書き

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