てこてこてこてこ…… 「ふぇ、いいお天気ですねぇ」 お散歩気分で出て来たさゆりは、お空を見上げてにっこり笑いました。 今日は雲も全然浮かんでません。お日さまきらきらのぽかぽか陽気です。 「おっふとん、ふっかふか♪ おせんたーくものもっ、ふーわふわっ♪」 すきっぷしながら思わず鼻歌。おかーさまから頼まれたおつかいのために、さゆりは真っ直ぐ商店街へ、です。 「……ほぇ?」 その途中、公園の中によくよく知っている人がいました。しかもふたり。 「あっ♪」 背の高い男の人と、髪の長い女の人。女の人のあの「とれーどまぁく」のりぼんは間違いありません、あの人です。とすると、一緒にいる男の人はもうあの人 で決まりです。 偶然会えたのが嬉しかったさゆりは、ぱたぱたと駆け足になって後ろから男の人の腰に飛びつきました。 「ぱぱっ! ままぁ!」 『!?』 びくっと震えたパパが、そろぉ〜っと振り返ってきました。先に振り返ったママと一緒にさゆりを見下ろして、なぁんだと困った笑顔になります。 「こんにちわですっ、ゆーいちパパ、さゆりママ」 「こ、こんにちわ、さゆりちゃん」 「さゆりちゃん。だからその呼び方、やめてくれないか」 何故かあたふたしながら挨拶をしてくる『佐祐理』ママ。おっきな汗を垂らして困り笑顔の『祐一』パパ。さゆりはこてんと首を傾げると、問い返しました。 「ほぇ……? ゆーいちパパはパパですよ? さゆりママもママなのです」 「いや、さゆりちゃんのパパとママは俺達じゃなくってさ……」 「おとーさまとおかーさまもえーっとえっと……そう、『にんち』してくれてるですっ」 ぽんっ。 「ふ、ふえぇ……」 ……なぜか、佐祐理ママの顔が真っ赤っかになりました。祐一パパは肩をがくんと落としています。 「お……折原さんっ、あんたら小学生になにとんでもない言葉教えてるんだよ……!」 ……はりゃー、のけぞってぜっきょーしてます。ゆーいちパパって時々面白いですねぇ。 「とんでもないことばってなんですか、ゆーいちパパ?」 「ぐぉ……あーいや、な。こ、子供はまだ知らなくていいことなんだ。とにかくだ、その認知って言葉は人前で使っちゃ駄目だぞ」 「ほぇ? どーしてですか?」 「あー……なんていうかな、そのだな……さ、佐祐理さんっ。黙ってないで説得に力を貸して……げ」 ほぇー…… 祐一パパの呻き声に見上げてみると、佐祐理ママ、なにやら真っ赤な顔を両手で押さえていやいやっと首を振っていました。 「はぅ……そ、そんなっ。ダメです祐一さんっ……」 ふるふるいやいやっ。 「…………」 「さゆりママ、いっちゃってますねぇ」 「……狙ってやったのか?」 「ほぇ? なにがですかゆーいちパパ?」 「天然か……いや、なんでもない。そーだよな、子供の直球ストレートな言葉って、むしろ生半可な誹謗中傷より効くんだよな……プラスマイナスに関わらず」 「ふえぇ……そんな、まだわたしは学生です。なのに夫婦で子持ちなんて……気が早いですよ祐一さんっ」 「ゆーいちパパ、さゆりママがふっとーしそうです」 「大丈夫だ、多分。佐祐理さんは栞とかと違って妄想癖強いわけじゃないからな。すぐに理性を取り戻すだろ……ほら」 「……っふぁ!?」 「おー。ゆーいちパパが言ったとおりです」 「はぁ……い、今わたし飛んでましたか祐一さん?」 祐一パパ、深く頷きます。 「す、すみません……無防備な所にいきなり『ママ』ときたものですから……」 「いや、気持ちはわからんでもないから、いいです。俺だってかなり変な想像してしまったし」 「は、はい……」 火照った顔に手をやって、佐祐理ママ、ようやく落ち着いたみたいです。祐一パパ命名、『ふんわりおだやか佐祐理モード』に戻って来ています。 「それで……どこかに行く途中のようだが、ひょっとしてお使いかなにかか? さゆりちゃん」 「はいっ、しょーてんがいまでのおつかいですっ」 はぢめてのおつかい(折原さゆりちゃんVer) はい、申し遅れました。わたし、折原さゆり。ろくさいですっ! この人達はさゆりのパパとママ……えとえっと、相沢祐一さんと倉田佐祐理さんです。本当のパパやママは別にいるんですけど、赤ちゃんの頃からよく遊んで もらっていたので、さゆりは本当のパパママをおとーさまおかーさまと呼んで、おふたりを祐一ババ、佐祐理ママと呼んでいるのです。 「じゃあ……お買い物にいく所なのね、さゆりちゃん?」 「はいっ」 ふんわりもーどを取り戻した佐祐理ママが、しゃがんでにっこり聞いてきました。さゆりは元気よくお返事です。 佐祐理ママは、昔はさゆりみたいに自分のことを『佐祐理』って呼んでいたそうです。だけどえっと、教育上よろしくないからって、止めたそーです。さゆり にも、 『早く自分の事をわたしと呼べるようにならなきゃだめ』 だって言ってました。だから、さゆりも努力中です。 佐祐理ママはさゆりには普通ですけど、他の人には敬語を使うんです。こればっかりはどうにもならないねって笑いながら困ってました。さゆりに悪影響だそ うです。ほぇ、さゆりはちゃんと目上の人へのれーぎを心得ていますよ。 「あははーっ、わたし達も商店街にご用があるから、一緒に行く?」 「さゆりママ達とおでかけならだいかんげいですっ」 「うん、わたし達もさゆりちゃんが一緒だと嬉しいな。それじゃ、お供に連れて行ってね」 「はーいっ!」 これはすっごい「らっきー」です。実はさゆり、お買い物メモは渡されたんですけど、お家出てから見てみたら、何個かわからないものがあったんですよ。で もでも、おかーさまに聞きに帰るのは「たいむろす」ですし、いざとなったらお店の人に聞こうと思ってたのです。 でも、佐祐理ママがいてくれるならだーい安心ですっ。 えっと、佐祐理ママはお嬢様なのにお買い物が上手で、とってもとっっってもお料理も得意なんですよ? さゆり、佐祐理ママのたこさんうぃんなーとから揚げが大好物なんです。あと、けーきも。また遊びに連れてってとおねだりしちゃいましょう。きっと祐一パ パが肩車して、佐祐理ママがおべんと持って来てくれますね♪ 「ぱっぱとまっまとおっかいっものっ♪」 右手で祐一パパのおっきな手をぎゅっ。左手で佐祐理ママのあったかい手をきゅっ。真ん中に挟まれて、三人で道をてくてくてく、です。 「おー。さゆりちゃん、パパとママとお散歩かね」 あ、佐藤さんのおじーちゃんです。はい、さゆり達はお買い物なのですよー。 「はっはっは、そうかね。仲が良くて羨ましいもんじゃ。祐一君と佐祐理君も、若夫婦姿がお似合いじゃぞ。実に堂に入っておるわい」 「か、からかわないでください」 「じーさん、毎度毎度俺達からかって楽しいか」 「あー。ゆーいちパパ、おかおが赤いです。佐祐理ママはなんだかうれしそーですし」 「ふえぇ……」 「……うぐぅ」 祐一パパ、あゆちゃんの口癖だけでヘコんじゃいました。佐祐理ママは……あー、またいやいやっと顔に手を当てて恥ずかしがってます。 「いやぁ、実に初々しい。青春じゃのう」 佐藤さんのおじーちゃんは、なにやらうむうむとしています。笑っているので、きっといつもの『パパとママの病気』を検診中なのでしょう。なんでも、『お 医者様でも草津の湯でも』治らない重病らしいですけど。 祐一パパや佐祐理ママがご病気なのは大変です。なんとか治って欲しいので佐藤さんのおじーちゃんに相談した所、 『なぁに、さゆりちゃんが傍にいればじきに慣れて治ってしまうわい』 と言っていました。慣れるっていうのはどーゆーことかわかりませんけど、さゆりが一緒にいれば治るらしーので、よくかまって貰いに行くことにしてます。 「はいっ、これで全部だよちっちゃいお嬢ちゃん」 「ありがとーございますっ」 祐一パパと佐祐理ママに付いて来てもらって、無事お買い物を済ませましたっ。祐一パパは荷物持ちで、佐祐理ママはさゆりの後ろで時々お買い物りすとのお 野菜とか果物がどれなのか教えてくれます。でも、商品を選ぶ時には黙ってくれています。 むむむ……責任じゅーだいですね。おかーさまにおつかいを頼まれたのはさゆりなんですから、ママに手伝ってもらっても最後に決めるのはさゆり自身じゃな いといけないのです。 そんなさゆりの「ぷらいど」をすぐにわかってくれた佐祐理ママ、時々助けてくれるだけで、後は後ろからさゆりを見守るだけにしてくれているみたいです。 ほぇ、佐祐理ママは気配り上手さんですねー。 ……あ、それでみさおおねーちゃんが言ってた謎が解けました。 『祐一おにーちゃんの至らぬ所を佐祐理おねーちゃんがフォローしてるのよ。なかなかの夫婦関係よね。ていうかおにーちゃん、おねーちゃんがいないとかなり 駄目駄目な実生活っぷりよ』 祐一パパ、いざとゆー時はともかく、普段はけっこーダメニンゲンですしねー。 うんうんと意味もなく頷いてると、不思議そーな顔をした八百屋のおじさんがなにか差し出して来ていました。 「聞いてたかい、お嬢ちゃん? これ、商店街の福引き券なんだが……」 「ほぇ? ふくびき券ですか?」 「ああ、この金額じゃ本当なら補助券止まりなんだけどな、ちっちゃいお嬢ちゃんもそっちの若夫婦の奥さんの方もお得意様だからな、サービスしてやらあ」 「いっ!?」 「ふえっ!? わ、わわわ若夫婦っ!?」 おー、祐一パパと佐祐理ママがわたわたしてます。 「えっと……じゃあ、これ一枚で一回ふくびきできるんですか?」 「おうよ。今年は結構いいもんが商品で並んでっから、頑張れよお嬢ちゃん」 「はいです。おじさんありがとーございます」 「おう」 八百屋のおじさんは、てれくさそうにしながらお店の奥にはいっていきました。 ……いよいよ、福引きに挑戦ですっ。さゆりはぎゅっとちっちゃな手で握り拳を作って緊張感の中、ゆっくりゆっくり福引き所へと進んでゆきました。 そして、第一声はおっきな声で元気よく。 「こんにちわっ。ふくびきにきましたですー!」 「おや、可愛いお嬢さんだね。お父さんとお母さんとお買い物帰りかい」 「はいっ」 「いや、ちょっと違うんですが……」 「諦めましょう、祐一さん。わたし達、どこからどう見ても親子にしか見えませんし……」 なんか、パパ達ぼそぼそ内緒話ししてますね。でも丸聞こえです。後で、 『うー。ゆーいちパパとさゆりママはさゆりのパパとママにされるのがイヤなんですか?』 ……って、うるうる目でぢーっと見上げちゃいましょう。涙は女の子の武器なのです。 でも、今は福引きが最優先です。さゆりはポケットから、おつかいでもらった物と先におかーさまから渡されていた券を全部出して、おじーさんに渡しまし た。 「えっとえっと……これでぜんぶですっ」 「んー……福引き券が三、四、五……六枚と、補助券が……」 おじーさんは補助券を数えています。さゆりはそわそわしながら、それをじぃっと見上げるばかりです。 えーっと……一等賞が「のーとぱそこん」で、二等賞がテレビで……はっ。特賞がおんせんりょこーですっ。 ……よぉーしっ、特賞を狙うですよーっ。 お出掛けして『おんせん』で泳いで遊ぶのですっ。 さゆりは再び「がっつぽーず」。隣のおばちゃんの「可愛いわねぇ……」なんて声も耳から耳へと素通りです。 と、ちょうど福引きのおじーさんが券を数え終わりました。 「全部で十四回分だね。さあ、どうぞ」 「はーいっ。んしょ、んしょ……」 ……手が届きません。 「うーっ……ゆーいちパパぁ」 「よし、持ち上げてやるから待ってろ」 ひょいっと祐一パパに持ち上げられて、改めて「ちゃれんじ」です。さゆり、ふぁいとぉ! 「えーいっ……」 からからから…… からから……からん。ことん。 「はい、残念賞だねぇ……」 「うーっ……」 全滅です。さゆり、クジ運が悪いのでしょーか…… 「あーん、ゆーいちぱぱぁー」 ぎゅっ……とりあえず避難です。祐一パパの胸元に抱きついて、ごそごそと腕の中に潜り込んじゃいます。 「あーよしよし。泣かない泣かない」 なでなで……ぐずるさゆりを覗き込んで来た佐祐理ママが、指で優しく涙を拭ってくれました。 「ほら、涙拭いてさゆりちゃん。今度、わたし達が遊びに連れていってあげるから。ねっ」 ぅー……ほんとですか、佐祐理ママ? 「……あ、そういえば」 ほぇ? 苦笑して涙目のさゆりをあやしていた佐祐理ママ、なにやらお財布をごそごそ…… 「……あった。あのっ……これ使えますか?」 そう言って佐祐理ママが差し出したのは……補助券です。 「補助券が四枚だね。あと一枚あれば……一回、いけるよ」 補助券は五枚で一回分です。あと一枚……足りません。 うりゅぅ…… 「ちょっと待った……そーいや確か、俺も……」 「ほぇ……ゆーいちパパも持ってるですか?」 さゆりを抱っこしていた祐一パパもぽけっとを探り出しました。さゆり、思わずごくりと固唾を飲んでそれを見守り…… 「あった! これで一回分になるだろ、爺さん」 「ふむ、確かに。お嬢ちゃん、もう一回だけできるよ」 「わぁ……」 心臓がどきどきしてきました。 さゆりはゆっくりと、取っ手に手をかけて……は、そーですっ。 「ゆーいちパパ、さゆりママ……いっしょに回してください」 「え?」 「俺達もか?」 「はいっ、ゆーいちパパとさゆりママのおかげでもう一回です。みんなでまわしたら、きっと当たりがでるです」 そう、そうですよ。きっと一人で回しちゃうから、クジ運が足りないんです。だったらみんなで回せば、クジ運たくさんで当たりが来てくれるはずですっ。 「……よし、わかった」 「くすっ……それじゃ、ママ達もお手伝いするからね」 さゆりの手を、佐祐理ママの手が包みました。その上から、おっきな祐一パパの手が被さります。 「じゃあ、いくぞ……いち」 「にの」 「……さんっ!」 がらがらがらがらがら……………………………………こととんっ。 商店街に、からんからんと鐘の音が鳴り渡ったのは、そのすぐ後の事── 続く
次回……予定は未定、決定は変更! されどタイトルだけは決まってる!!(核爆) 『はぢめてのおんせん 若夫婦と一人娘の二泊三日温泉旅情片(混浴)』 年単位で(爆)……こう、ご期待!
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