「――――――はひ?」
俺は思わず間抜けな声をあげてしまった。多分顔もそれに見合った馬鹿面をしているのだろう。なんだって?千鶴さん。今、何て言ったの?
俺はうろたえることしかできなかった。
カラカラカラ…
「ただいま」
俺は三土和にはいった。普通に言えたかな?
「お兄ちゃん!!」
最初に飛び出してきたのは初音ちゃんだった。初音ちゃんは俺の目の前に来ると、瞳を潤ませながら、それでも笑って出迎えてくれた。
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
「ただいま、初音ちゃん」
「お帰りなさい…」
「帰ってきたよ、楓ちゃん」
楓ちゃんは静かに、しかし、感情に震える声で出迎えてくれた。
「二人とも!遅刻野郎にそんなに感極まった声出さないの!全く大げさなんだから」
「おう、梓、出迎えご苦労」
「ふんっ、こんなに遅くなりやがって。晩御飯が無駄になるじゃないか」
そう言う梓の目も真っ赤だった。
「まだ食って無いぞ、お前が作ってくれるのを期待してきたから菓子だけだ。」
「え…?」
梓は真っ赤になった。
「ほらほらみんなで玄関で騒がないの。耕一さんに早く上がっていただきなさい。お帰りなさい…、耕一さん。みんなで待っていました…」
「うん、ただいま、千鶴さん。待たせてごめんね」
千鶴さんは落ち着いているように見えたが、目はやはり潤んでいた。みんなこんなにも俺がここに帰ってくることを待ちわびていたのか。俺は四人の暖かさを感じるとともに、すまないと思う気持ちが膨れ上がるのを感じていた。
梓の料理の腕は一年半前よりも確実に上達していた。
「うまいな、これ。店でも出せるんじゃないか?」
「そ、そうかな…」
梓が照れてぽりぽりと鼻の頭をかく。
「梓お姉ちゃんね、お兄ちゃんが帰ってきたときにビックリさせてやるんだって言っていっつもお料理頑張ってたんだよ」
初音ちゃんが「天使の微笑み」で俺にそんなことを教えてくれる
「ばっ、初音、変なこと耕一に言わないでよ!あたしは千鶴姉が手を出して台所が滅茶苦茶にならないように予防線を張ってただけだってば!!」
「アズサ!それじゃ私が台所を破壊していたみたいじゃない!!」
「似たようなもんだ!それに千鶴姉がやらかした失敗の数々、忘れたとは言わせないよ」
千鶴さんは「うっ」と言葉に詰まって、「私だってお手伝いしたいのに…」とぶつぶつつぶやき始めた。千鶴さんの気持ちもわからなくはないけど、どうやら俺が知っている時から家事にたいする不器用さは変わって無いみたいだから手を出さない方がいいと思うな。それにしてもみんな、ずいぶんとはしゃいでる様な気がする。
「耕一さん、お茶いかがですか?」
楓ちゃんがお茶を出してくれた。
「かたじけない」
しまった、思わず次郎衛門の口調になってしまった。成長してくるにつれ、「次郎衛門」よりも「耕一」のほうが強くなって、あまり前時代的な言い回しをしないようになってはいたんだけどな。
「…………」
楓ちゃんは気にした様子はない。他の三人もそうみたいだ。それにさっきから俺に何も聞こうとしてこない。もしかして、俺の前世のことも知っているのか?そうかもしれない。そして、おれが今までやってきたことも…。もし、そうだとしたら、夜遅くのこのテンションの高さはなんだろう?
無理して騒いでいるようには見えないし、なにより家の様子や玄関でのやりとりからは歓迎の意志しか感じ取れなかった。一体どのような結論に達したのだろうか?俺には何とも判断が付かなかった。
俺の食事が一段落した後、俺は今までのことを話はじめた。千鶴さんは「もう寝たらどうか」と進めてくれたのだが、俺は眠気を感じなかったし、四人とも(初音ちゃんさえ)眠たそうな感じがしなかったからだ。俺の告白は太陽の下でするのはふさわしくない気がしたし、何よりも今話さなければ四人の優しさに甘えてこのままずるずると行ってしまいそうだったからだ。
俺は水門で死にかかった時に鬼に目覚め、克服したことから、爺さんの死の原因、倉の中での研究や工作、叔父さんやオヤジの死の真相、この前の連続殺人事件の真犯人についてまで洗いざらい話した。千鶴さんと梓はただ座って静かに聞いていたが、初音ちゃんにはやはりきつかったのか途中で泣き出してしまいずっとしゃくり上げていた。楓ちゃんは俺の手を握って離さなかった。なるたけ感情的にならないように気を付けてはいたのだが、そんな四人を見ているうちに思いとは裏腹に自分が涙ぐんでくるのを止めることが出来なかった。
「そうでしたか… 耕一さんは私たちを鬼の血からずっと守っていてくれていたのですね…」
俺が全てを語り終えると今度は千鶴さんが話し始めた。ある程度は予想していたのだが、四人とも夢の形でおれとシンクロしていたのだと言う。その夢のおかげで俺が何をしたのか、そして何を考えていたのかを知ることが出来、俺が来るまでに話し合って、これ以上何を聞いても俺とどう接していくのかについ決めることができた、と。
「私たち四人の決心を、今、伝えます。耕一さん。私たち4人と結婚して下さい。私たちを側に置いて下さい。」
俺は頭の中が真っ白になった。
なんだって?
結婚?4人全員と?
そんなこと出来るわけがない。日本は一夫一婦制だ。第一、相手が自分以外の人とも夫婦生活をいとなうなんて、我慢できないことなんじゃないの?少なくとも俺はイヤだ。それに一緒に暮らすのに結婚する必要はないはずだ。
「そのことも考えました。でも、私たちは耕一さんとこれ以上離れて暮らしたくありません。そして、全員が耕一さんを愛してしまったことに気づいた以上、もう兄弟としてはつき合えません。想いを知ってしまった以上、耕一さん以外の人を見ることもできません。どうか、私たちを、4人全員を選んで下さい。」
千鶴さんは脆さを伴った危うい決心を秘めた目で俺を見つめていた。梓はうつむきながらもちらちらとこっちを見ている。楓ちゃんは途中まではうつむいていたが、今は真っ直ぐな瞳で俺を見つめ、エルクゥの電波で語りかけてきた「お願いします」と、初音ちゃんはほっぺたを赤らめて手をもじもじさせている。
4人それぞれの態度をとっていたが俺にはみんなが同じ感情のブレンドを持っているのがわかった。即ち、2割の恥じらいと、5割の決心、そして、3割の不安。
こんな判決もあったのか。
俺が予想していたどんな答えよりも優しく、甘美で、大きくて、切なくて、残酷だ。
いいさ
俺は決めたんだ。
12の時に
柏木の
みんなの幸せを守るって
俺はもう一度みんなを見回して、息を吸い込んだ。
答えを声にして出すために。
想いの行く末 完
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