ピーンポーン
あかりだ。時計をちらりと見る。いつもより早い。
朝メシのパンをトースターにかけたまま俺は玄関を開けた。
「おはよう、浩之ちゃん」
「おお!」
あかりの髪型が昨日と変わっている!
「もう夏だから思いきって短くしてみたんだ。どうかな?」
「うん、似合ってる」
昔はなかなか言い出せなかった言葉が、今はすんなり口にだせる。
今朝はまだ時間がある。あがれよ、と手で合図した。
「へへへっ」
あかりが頭を少しかいてまた笑った。
「浩之ちゃんが気に入ってくれるかどうか少し不安だったんだ」
言いながら台所に入ってきた。
「卵焼きでも作るね」
パンとバターとジャムだけの朝飯をみて、あかりがフライパンを取り出す。
そんなに余裕有るかなあ。少し時間が不安だったが作ってもらうことにした。その間に用意を二階から持ってくることにする。
俺はあかりと並んで学校へと向かう。少し早足で公園をショートカットする。
「前に好みの髪型聞いた時も、ちゃんと答えてくれなかったんだもの」
「たしかにショートカットのあかりは新鮮だ」
俺はあまり髪型にこだわらないほうだがそう思う。
「だからこまめに髪型を変えてみるのもいいかな、って思ったの」
「ほう」
「これからゆっくり伸ばそうかなって思うの」
俺はあまり髪型のことはわからない。
「あかり」
「なに?浩之ちゃん」
「ソバージュだけはやめとけ」
「浩之ちゃんソバージュ嫌いなの?」
「嫌い・・というか苦手だな」
むかしお袋がそうしてた時も少し違うんじゃないかと思った。
もっともあかりがパーマを当てるとは思えないが・・・
「うん、覚えとくね」
ほぼ計算どおりの時間で学校までやってきた。
「こんな時間なのに、もうこんなに暑くなっちゃったね」
「もう夏休みだからな。また海に行こうぜ。今度は二人で」
「うん」
「浩之ちゃん、はい」
「おお、ありがと」
「あらあぁ、相変わらず仲がいいわねぇ〜」
最近朝、昼、晩、と三度の食事すべてが、あかりまかせになりつつあるような気がする。
特に昼は毎日あかりの特製弁当を食べている。
今日は雅史と志保も交えて四人で一緒に食べることになった。
「雅史はもうすぐ大会があるんじゃないのか?」
「うん、明後日からかな」
「へえ〜。で、どうなの、全国へいけるの?」
「まさか、県内には強い高校があるからね」
「でもある程度まではいくだろ」
「うーん、どうだろう。三回戦からは強いとことばっかりだから・・」
「そんなこと言ってて初戦で負けたら話にならないわね」
「この大会が終わったら雅史ちゃんキャプテンでしょ?」
「そんなことないよ」
そして夕方。あかりは台所でいそいそと料理を作っている。
俺はのんびりとそれを眺めていた。
「しっかし大変だなあ、主婦っていうのも」
「えっ?」
あかりが少し顔を赤らめる。
「いや、とりあえず一般論としてだけど、御飯作ったり、掃除したり、うん、絶対俺にはできないな。面倒くさすぎる」
あかりは少し首を傾ける。
「うん、でもやりがいがあるよ」
「そっかな、俺ならすぐにでもメイドロボをかうな。高くても」
あかりは野菜炒めを皿に移す。
「えっ、でもあれってお掃除しかできないんでしょ」
何を言っているのだ。
「そんなことはない。マルチなんか仕込めばなんでもできるようになる」
一瞬の沈黙。
「マルチってネズミ講?」
「30点」
俺は冷たく採点した。まったくあかりギャクは致命的なほど進歩がない。一度特訓してやらなくてはなるまい。
「えっ?えっ?」
「面白くない」
「だって、私、マルチって他に思いつかないんだもの」
「20点」
こういうのは繰り返しても面白くない。だめだ耐えられないレベルだ。
「で、でも」
なおもむなしい抵抗を試みるあかりを俺はジロリと見た。
「あのなあ、春に一週間ぐらいウチの学校に来てたじゃないか。実験とかなんとかで」
あかりは困惑を隠しきれないようだ。
「そ、そうなんだ。私知らなかった」
知らなかったはずはないだろう。コイツも会っているはずだ。
「ほら、ちっちゃくて、緑がかった髪で、けっこうドジな・・・」
あかりの表情は変わらない。
「あかり、ホントに覚えてないのか?」
「うん。でも浩之ちゃん、本当にそういうのが来てたの?」
「ねえアンタ、とうとう白昼夢をみるようになったんだって?」
次の日、家へ帰ろうとする俺に志保が声をかけてくる。
昨日あかりとはなんとなく気まずいままわかれた。今日の朝は一緒に登校したが、ぎごちなさは午後になってもまだ残っている。
「オメーには関係ない」
あかりから志保に連絡がいったのだろう。でもコイツならマルチのことをおぼえているはずだ。
「なあ、志保」
「なによ」
「マルチのこと・・覚えているだろう?」
志保は訳知り顔に頷いた。
「本物ね」
「あん?」
「あかりから聞いた時はちょっと信じ難かったけど・・・本当に妄想と現実の区別がつかないようになったなんて」
なにぃ!
「志保も覚えてないのか!?」
志保は同じように頷いた。
「アンタもなにか溜まってるのよね。さあさあ、お姉さんに話してごらんなさい」
俺はヤックに連行され、マルチについて語り始めた。昨日あかりに言ったのと同じ内容だ。
来栖川電工の話。2回ほど掃除を手伝ったりした話。友達のセリオの話。
いつもうるさい志保にしては、ただ頷くだけで俺の話を聞いている。
「まあったくもう」
しょうがない、そんなふうに志保はため息をつく。
「だいたい今発売されてるメイドロボがあれでしょ」
あれ、というのは家中を動き回って掃除するモノのことだ。
「そんなに一足飛びに進化するわけないじゃない」
「その辺はいろいろ事情があるんだろうよ」
俺はおもわず言い返す。
「その・・マルチ・・ちゃんだっけ? アンタの妄想を聞いてるとスゴくいい子よね」
あん? 妄想? でも、まあ、うん、そうだ。すごくいい奴だった。
「でもロボットなんだ」
正確にはメイドロボだ。
「それはそんないい子は現実の女の子にはいない、というアンタの考え方をあらわしているのよ」
志保はビシっとポーズを決める。
なんだコイツ。テレビでその手の番組でも見たのだろうか?
「そんなことをあかりに言うなんて、何を考えているのかわからないわ」
ああ、あれは現実だったはずだ。でも志保はともかくあかりは絶対に覚えてなかった。
「俺ホントに夢かなんかとごっちゃにしてんのか。掃除を手伝ったのも、あいつの頭を撫でたのも全部夢だっていうのかよ!」
志保はまたうろたえている俺のほうに向き直った。
「それは、まあヒロにとってはいい思い出だったの?」
うん、いい思い出だ。すごく大切な思い出だ。
「アンタの話だとどのみちもう会えないんでしょ。だったら、そのままでいいじゃない。夢でも思い出でも、作り話でも心の中にしまっておけばいいじゃない」
「ただ、それをあかりに言うのはどうかと思うわね。どうせなら『ロボットみたいにオレの言うことをきけ』、ってストレートに言やあいいのよ」
いつの間にか俺は口を開けなくなってしまった。志保は黙ってポテトを食べ続ける。
「えーい。鬱陶しい顔してんじゃないわよ。ゲーセンでこの前の勝負の続きよ」
「えっ、俺まだ全部食ってない。」
「さっさと食べる!」
「下のラインは任せたからね」
「そのパワーあたしが取るつもりだったのに」
俺と志保は二人同時プレイのシューティングで燃えた。コンティニューをしたがエンディングまで行ったのだ。
興奮を落ち着けてゲーセンを出た。
「アンタ帰ったらあかりに電話するのよ。いや直接家に行った方がいいわね」
志保はそう言って俺に背を向けた。そして後ろ姿でもわかるくらい大きなため息をついた。
まったく世話が焼けるんだから。
背中がそう言っている。
その時一台のバスが停留所を出発して行った。
あのバスにマルチは乗っていた。そして俺の方をじっと見ていた。
俺は少し首を振ってあかりの家に歩き出した。
(注1)実験作です。最近こんなんしか書けない。なんか後味悪いし・・速攻で消しそうな気もします・・・