最果ての地20万ヒット記念
長き時の後に しゃむてぃるさん
みーんみーんみんみんみんみんじぃーーーーっ……
みーんみーんみんみんみんみんじぃーーーーっ……
盛夏の頃、柏木邸……
「耕一さん、お茶が入りましたよ」
「千鶴さん。 では休憩にするとしますか」
耕一は中庭の木を剪定する手を休め、廊下に腰を下ろす。
「はい、どうぞ」
おだやかに微笑む千鶴につられ、耕一も微笑みながら茶を一口飲む。
「うーん」
「どうかされましたか? 耕一さん」
「いや、今更ながら茶の加減が絶妙だな、と思ってねぇ」
「もう、こんなになっては何も出ませんよ」
「いやいや、まだまだ若い」
「若いと言っても、もうこんな歳です」
「そうだな、お互い歳をとった……」
あの夏から50年、耕一も千鶴も歳をとった。
同年代と比較すれば、遥かに見かけも体力的にも若いとはいえ、やはり老いた。
ただ、それは老いるというより、年月が経ったという方が正しいだろう。
「耕一さん、一つ聞いていいですか?」
しばらくの沈黙の後に千鶴が語り始める。
「ん? 別に改たまらなくても、もちろんいいけど」
「ありがとうございます」
千鶴が礼節を重んじる性格であることは重々承知している耕一であったが、妙に改たまった感じに少し当惑の色を表情に出す。
ただし、それは本人と千鶴以外には分からないであろうが。
千鶴は耕一を正面から見据え、ゆっくりと語る。
「私が……先に死んだら、どうされますか」
みーんみーんみんみんみんみん……
その場を蝉の声だけが支配する。
「そうだな……」
暫く思考していた耕一は口を開く。
「とりあえず、お墓の掃除をして、庭の掃除をして、料理をして、今日一日どんな日だったか、千鶴さんの遺影に語ろう」
千鶴は微動もせず、ただ聞いている。
「そして子と母の話を語り、孫に祖母の姿を語り、曾孫に曾祖母の人を語ろう」
耕一もそのままの姿勢で、語り続ける。
「そうして、千鶴さんと同じ所に行くのを待とうと思う」
千鶴はやはり微動にもしなかったが、その顔に刻まれた深いしわを涙が濡らす。
ただ一言だけ、「私もです」と言葉にして。
「千鶴さん」
「はい」
蝉の声だけが響く沈黙を破ったのは、今度は耕一である。
「小さい時、老いたらやりたい事って考えたことがあるんだが」
「それは初耳ですね」
千鶴の声は少し詰まっていたが、耕一は視線を遠くへと移し語る。
「歳を取ったら、愛する人と縁側でなごやかに茶を飲みたい……ってねぇ」
「それは……」
「当時としては、ませた夢だったろうね。多分、親父とお袋を見ていたせいかな」
「…………」
万感胸に来るのか、千鶴は押し黙る。
柏木家の血の宿命……
それを終わらせた耕一と千鶴とはいえ、その犠牲が戻る訳ではない。
耕一は視線を千鶴へと向ける。
「ありがとう、千鶴さん」
「え……」
「俺がこんなになっても、いろいろあっても、ずっと側にいてくれて……夢を叶えてくれて」
「そんな……私こそ……」
もはやこらえきれず涙を流す千鶴を、耕一はその背中をゆっくりとさする。
「千鶴さん、相変わらず涙もろいな」
「しょうがないです。 泣かせるのは耕一さんなんですから」
千鶴の涙が納まるまで、耕一の手は休まらなかった。
ピンポーン……
玄関のベルが鳴る。
「父さん、母さん、お連れしたよ」
「おじゃましまーす」
「おじいちゃーん、おばあちゃーん」
「これ、きちんと靴をそろえなさい」
「父様、母様、お土産です」
「良く来たねぇ」
「ゆっくりしていって下さいね」
夏……しばらくは騒がしくなるであろう柏木邸も、それでも変わらず穏やかな空気が流れている。
その夜に紅い月や青い月が上ることも、凍り付く空気が流れることも、もはや無いであろう。
「やれやれ、騒がしくなったなあ」
「でも、それもそれで良いものですよね。 耕一さん」
「そうだな……千鶴さん」
微笑み合う二人……
二人に残された暫くの時が、変わらず幸せでありつづける事は確かだろう。
子と孫の笑顔に囲まれている限り……
そして、この二人がいる限り。
(終)
あとがき
さてさて、一寸短いのはご容赦下さい。
50年後となってますが、未来の風景の考証はしませんでした。
実際考えたとしても、確度に問題は出ますし、情景の描写の妨げになりそうだったので……
という訳で、現代程度としてます。 一寸矛盾するのはご容赦を。
あとこれは、最果ての地における千鶴さんエンド後のSS、
凍った時、蒼月夜、証のいずれとも関連はありません。
これらの今後の展開は、私も非常に楽しみなのですから。
あと千鶴さん、これで許してください。(泣)
散々ギャグに使ってましたが、これだけ幸せならOK……ですよね。(苦笑)
ではでは……