Fate 突発SS 遅れて来たお返し カワウソ |
「遠坂。明日、デートしないか?」 それは、遠坂凛にとって、あまりに予想外の誘いだった。 普通に考えれば、自分達は付き合っているのだし、傍から見れば似たようなことは何度もしている。また、デートを通り越して互いの家にも泊まったりもする仲だし、来月からは遠く倫敦の地で同棲する事になっている。 そもそも、余人には話せない秘密の共有なんてものもあるし、共に死線も潜り抜けてきた間柄である。 繰り返すが、普通に考えれば、不思議でもなんでもない。 しかしながら、これが彼女の恋人――という形容は二人の間柄を表すものとしてはまず出てこなく、最後の最後に使われる事があることもたまにあるというのもまた、二人の現状と性格がよく判る話ではある――から言い出したとなると話は違ってくる。 なにしろ、「自己」が空っぽなのだ。この男は。 他人を通して「嬉しい」ことは判っても、自分が「楽しい」事は解らない。 自分というものを粗末にするなどという生易しいものではない。最初から自分というものが考慮に入っていないのだ。 そのあまりに自己をないがしろにした言動に、彼女は何度頭に血を上らせた事か。 そんな男が自分から「デートしよう」と誘ってきた。 これはもう、雨を通り越して槍が降る事態だと断言できる。 「え? あ、うん。時計塔に行くための準備もあらかた終わっているから時間はあるし、明日は特に用事もないわ。だから、かまわない、けど……」 ゆえに、普段万事やる事にソツのない代わりに、予測外の不意打ちにめっぽう弱い彼女は、らしくもない歯切れの悪い返事をしてしまった。 「どうした? やっぱり迷惑だったか?」 鈍い反応をどう取ったのか、どことなく不安そうに少年――衛宮士郎――は凛の顔を覗き込む。 「ばっ……そんなワケないでしょう!! ただ、士郎から誘ってくるなんでちょっと予想外だっただけよ。で、どんな風の吹き回し?」 あんまりにもらしくないわよアンタ。と、腕を組んで半眼になる惚れた相手に、む。と眉根を寄せる士郎。 反発したいところではあるが、全く持って遠坂凛の言うことは正しい。だからといって一度口にした事を引っ込める気は、今日は、ない。 これも今回の考えの一環と覚悟を決め、少年はあくまの餌食となるべく一歩を踏み出した。 「バレンタインのお返しのつもりなんだが」 言った途端、うわ、言っちまったよと速攻で後悔する。 理由はいくつか挙げられる。 第一に、指摘の通りらしくない。思いっきり笑われるのが関の山であるのは容易に予測できる。 第二に、彼は遊ぶところなど知らない。ゆえに、デートに連れて行ったところで遠坂凛を喜ばす事などまず無理である。 これでは、お返しになどならない。 第三に、致命的なことに、すでにホワイトデーは過ぎている。 普通に考えれば論外。笑われればまだまし。下手をすれば怒られる。 当然の帰結であった。 「ふうん。そういうコトなんだ。でもどうして? お返しなら14日にちゃんと貰ったと思うんだけど」 士郎の苦悩を知ってか知らずか、髪の毛をかき上げながら不思議そうに凛は彼の顔を覗き込む。 先だって凛は彼の家で手料理を振舞われている。 食事前におやつとして出されたお手製のクッキーと、なかなかに美味しかった紅茶に始まり、夕食自体は和食であったものの、いつになく気合の入った料理の数々を堪能しているのだ。 自分より上の腕前に少々素直に喜べなかったものの、満足のいく内容だったと言ってよかった。 「三倍返しが基本だけど、あれが足りないなんて事はな――」 「いや、それじゃダメだ。アレは桜と藤ねえも一緒だった」 何で今更と言おうとした凛を士郎がキッパリと遮る。 そして、ぽかんとした凛にそのまままくし立てる。 「遠坂、チョコレートくれた時に言ったろ?『高いモノなんて期待していないけど、私を喜ばせるお返しをしなさいよ』って。そりゃ、この前のアレは満足してもらったけど、特別じゃない。だから、遠坂にだけ、特別のお返しをしたいなって思ってた」 どうしたらいいかわからないうちに過ぎちまったし、俺がオマエを楽しませるなんで無謀なのはわかっているけどなどと言葉を発するたびに音量を下げながら言い訳じみたコトをごにょごにょと呟く。 しまいには凛を正視できなくなり、俯いてしまう士郎。 呆然とその様子を見ていた凛は、士郎が言わんとすると所を理解した。 確かに、一ヶ月前にそんな事をいった記憶がある。 とはいえ、言った本人としては、安直にお返しをしなければいいくらいのつもりだったのだ。 全く癪に障ることであるが、遠坂凛は衛宮士郎に惚れている。こういったことを表に出すのはかなり気恥ずかしいし、魔術に関しては不肖の弟子であるためについ、からかってしまいがちだが、それは間違いのないところである。 だから、お返しが何であっても、考えての結果であるものが欲しかったのだ。 そして、下手な趣向に凝るよりは得意分野でできる事をというのが結論で、先日の料理がその答えだと思っていた。 しかし、それは思い違いで、士郎は自分の事が特別だから、似合わなく、成功しそうもないことに踏み込もうとしている。 確かに、このままエスコートさせれば彼に惨敗の記録が残るだけであろう。しかし、そんなことは問題ではない。 だから、凛は俯いた士郎の顔を両手でつかみ―― ――唇を重ねた。 「……っつ、と、遠坂?」 たっぷり時間をかけてから離した士郎の顔は、これ以上ないくらいに朱に染まっていた。 決して初めてではないのに、いまだ初々しい反応を見て、同じく頬を紅く染め上げながらも凛は笑顔で承諾する。 「うん、合格。満点」 「じゃ、じゃあ」 満面の笑みに士郎の顔面がこれ以上ないくらいに崩れだす。 どこまでも素直――それ故に自分の不意をつくこともあるが――なその様子を見て、凛は不意に笑顔の質を変える。 「当然。明日は一日私のオモチャになってもらうわよ。嫌になるくらい引きずりまわしてあげるから覚悟なさい」 当然それくらいのことは折り込み済みよねーケケケケと、意地の悪い笑みを浮かべてみる。 半分はからかいだが、半分は気遣い。 士郎に主導権を握らせても、空回りするのは目に見えているから、自分が好き勝手に楽しんでやると。だから、気にするなと。 「お、おう。どんと来い」 多少、腰が引けている気もするが、士郎もわかったのであろう。真面目な顔で頷くとはっきりとした笑顔を浮かべた。 「よかった。遠坂が喜んでくれて」 「ばっ……まだ喜ぶのは早いわよ!! で、明日は朝そっちに行けばいいわよね?」 邪気のない真直ぐな笑顔に中てられ、照れ隠しにそっぽを向く。 そんな凛に、士郎は追い討ちをかけた。 「あ、うん。そうなんだが、明日は泊まれるか? その、桜も藤ねえも明後日の午後までうちには来ないんだ」 「――え?」 極めつけの不意打ちに硬直する。 まったく。いつもいつも鈍いわ抜けいているわ場違いなことを抜かすわとイロイロ外しまくると言うのに、どうしてこの男はこうも一番大切なところだけは外さないのか。 ああもう、今日は私の負けだ。 このまま負けっぱなしは性に合わないが、それは明日に持ち越そう。 そう結論付ける。であれば、このまま硬直している事などない。 「わかったわ。明日、ほんっっっっっっっきで楽しみしているわよ!!」 それだけ言ってくるりと背を向けて走り出す。 後ろから途中まで一緒なのになんで走るんだーとか聞こえているが、知ったことではない。何かしなければこの身が弾けそうだから走っただけ。 そのうち、アイツは絶対に追いかけてくる。だから、気にすることなんてない。 こぼれんばかりの笑顔のまま、遠坂凛は坂路を駆け下りていった。 了 |
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あとがき
カワウソです。 感想等ありましたら、カワウソまでお願いいた
します。
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