超思いつき企画

     十万アクセス記念SSS 

                                present by    akira inui

 

  

 何も知らない生け贄が、ゆっくりと入り口に入って来る。
 ・・・引き返せ! 今ならまだ間に合う! 

 これから繰り広げられるであろう凄惨な行為を想像した俺は、どこの誰とも知らないそいつに激しい憐憫を感じ、心の中で警告を発した。
 ・・・俺は知っている。俺だけは知っているのだ。
 彼女が秘密のうちに仕掛けた罠を。君に迫る危険を・・・!!

 ――これが人類愛というものなんだろうか。
 しかし、許してくれ。走り寄って君を、先に待ちかまえる恐ろしい運命から救ってやることはできないのだ。
 いま、こうして声にも出さず、心の中で呼びかけているだけでも俺には危険なことなのだから。
 俺の心を不思議な力で感じ取る彼女に俺の今の想いが伝わったら、いま君に臨もうとしている災厄は俺の方に降りかかってくるだろう。
 ・・・俺を卑怯者呼ばわりしてくれてもかまわない。俺は、もう、あれには耐えられない・・・。
 俺より少し離れた所に立って、君を――生け贄を――罪のなさそうな笑顔で迎えようとしている彼女を俺は盗み見た。彼女は無知で健康そうな生け贄を前にいささか興奮気味のようだ。
 ――よかった。気が付かれた様子はない。

 さあ、ドアが開く。
 君のために用意された数々の趣向が君を天国と、そして地獄に誘うだろう。
 呪うなら偶然という気まぐれな神を呪うがいい。
 君を身を張って守ってやることもできない俺は、せめて君のためにささやかな祈りを捧げ、それから心を閉ざす事にしよう・・・。

 

 

 「おめでとうございます!!」

 鶴来屋、と刻まれた見事な大理石の横を通り抜け、エントランスから回転式のガラス扉を抜けて館内に踏み込んだ俺を、突然拍手と紙吹雪が襲った。
 訳が分からず呆然とする俺の首に、今度は紅白の造花で作られた首飾りがかけられる。

 「おめでとうございます! 鶴来屋創業以来、記念すべき10万人目のお客様でございます!!」

 選挙の広報車なんかで良く聞くかん高い女性のアナウンスが、ようやく事態を俺に説明してくれた。
 上を向くと大きなくす玉が口を開けていた。気が付けばブラバンがファンファーレを演奏している。
 ・・・そうか、俺は十万人目だったのか。

 拍手に包まれながら俺は仲居さんに導かれてロビー奥の壇上に連れ出された。
 背広に不似合いなバラ色の造花を付けた社員幹部と、物珍しさに集まった宿泊客、そして時折瞬くフラッシュの視線が俺を途端に落ち着かなくさせた。
 ・・・よく見れば地元テレビ局のカメラまで来てるじゃないか。
 鶴来屋というこの老舗の旅館の、地元での影響力の大きさを伺い知った気がした。

 「おめでとうございます。 お名前は?」
 「あ・・・箱崎です・・・」

 張り付いたような笑顔を必要以上に動かしながら、小柄な女性司会者が俺にマイクを突きつけてくる。
 とまどいながらも答えた俺に、形式的な質問――どこからおいでですか? 鶴来屋には初めてお越しですか? おひとりですか? 学生さんですか?――を矢継ぎ早に繰り出した司会者は、やがてそんな質問に意味はないとばかりに突然話題を変えて鶴来屋旅館の来歴を簡単に語りだした。
 ・・・といっても、旅行雑誌に紹介されていることとさほど変わらない内容ばかりだったけれど、こういう時こういうことを言うのは、もう儀式のような物なんだろう。
 そしてやがて話題は、ようやく俺が知りたかった事へとうつった。

 10万人目の記念に、どういう特典があるのだろうか?

 「――それで、本日記念すべき十万人目となられました箱崎様には、鶴来屋よりいくつかの特典及び記念品をご用意してございます」

  ・・・なんだ、なんだ、なんだ!! 

 「・・・まず、一つ目の特別特典といたしまして、本日箱崎様には新館最上階にございますVIP専用特別スウィートルームへ無料にてご宿泊いただきます」

 観客の間から羨望の声があがる。
 俺は我知らずガッツポーズを取っていた。
 ・・・やったぁぁぁぁぁぁぁ・・・!!!

 ――鶴来屋の特別スウィート・・・!!!

 その昔隆山に行幸された天皇陛下もご宿泊されたという、国内でも折り紙付きの超高級室じゃないか。
 俺のような貧乏大学生では、一年バイトしても一泊分の金を支払う事すら難しいが、それ以上に予約を入れること自体できないだろう。品格のために客を選ぶのだ。
 旅行雑誌に時折紹介されているのを読んだことがあるが、部屋、調度、サービス、食事、全てが超一流。
 紛れもなく日本有数・・・いや世界でもトップレベルのスウィートなのだ。
 ・・・その部屋に、ただで、俺が、泊まれる・・・!!!

 そのあと司会者が読み上げた第二第三の特典――地元名産の酒や、隆山商店街共通商品券etc――を俺はほとんど上の空で聞き流した。

 ・・・だから、俺は危うく聞き落とすところだった。
 鶴来屋十万人記念、最後の特典を・・・。

 女性司会者が手に持っていたメモをめくって、脳溢血を心配してしまいそうなほど高ぶったテンションで言った。

 「――そして、いよいよ最後のプレゼントです。最後の特典はこれまでにない新しい趣向として、鶴来屋グループオーナー、柏木千鶴会長ご自身から直接お贈りになられます。・・・えっと、箱崎様は、柏木千鶴会長をご存じでいらっしゃいますか?」

 知らない・・・と言いかけて、俺はずっと前の週刊誌にインタビューの記事がでていたことを思い出した。
 確か前代の会長が突然事故死したため、大学を卒業したばかりの若い女性がオーナー会長になったとか。
 それがまた美人だとかで一時は噂になった人だ。たいてい週刊誌やワイドショー何かで「美人〜」とか「妖艶〜」とかいっても、本当に美人だった事なんてほとんどないものだけど、この千鶴さんという人は本当に美人だと思った。
 インタビュー記事の写真を見て、びっくりした思い出がある。だから覚えていた。

 「ええ・・」
 「どんな方だとご記憶ですか?」
 「あ・・綺麗な人だな・・・って」

 まあ、たとえ荒川の水死体のような顔してても、こんなシチュエーションで「・・・腐ってますね」とは言えないだろう。
 でも、あの写真の記憶があるから、それほどお世辞を言った感じはない。
 俺の言葉に、司会者は過剰に反応する。仕事とはいえ大変なことだ。

 「そーですかぁ!! 柏木会長はマスコミでも良くとりあげられますからねぇ。秘書課の方にお聞きしたら時折ファンレターが届いたりするそうなんですよ(笑) 本当に、同性の私から見てもお綺麗な方ですからねぇ。・・・それで実は最後の特典なんですが・・・」

 そこへ打ち合わせどうりといったタイミングで、和服の女性二人によって大きめの皿が運ばれてきた。
 銀のふたが被せられていて、中身は見えないがおそらく何かの料理だろう。

 「今、運ばれてきましたこの料理、これはここ鶴来屋の名物料理なんですが、なんとこれを! 柏木会長がお箸でとって、箱崎さん、あなたの口に運んでくれるそうなんですねぇぇぇ!! 箱崎さん、わかりますか? あ〜んですよ。あ〜ん」

 女性司会者が滑稽なしぐさでその身振りをしたので、観客から笑いが起きる。
 しかし俺は事態のあまりの突飛さに、笑うどころか目眩を起こしそうなほど混乱してしまっていた。

 「それでは柏木会長、壇上へお上がり下さい!! みなさん拍手でお迎え下さ〜〜い!!」

 司会者が頭の上で手を叩くまねをすると、群がった観衆から拍手が起こる。
 会長の登場と言うより、ほとんどアイドルのノリだ。
 居並ぶ背広の幹部連中の前を通って、若草色のスーツを着た華奢な女性がスポットで照らされたステージの上に立つと、再びうねりのように拍手がわき起こる。
 俺は近づいてくるその千鶴さんという人に目を奪われて、馬鹿みたいに立ちつくしていた。

 ・・・あの週刊誌は、やっぱり三流だ。
 俺は一人ごちた。
 ・・・写真より、100倍も美人じゃないか・・・

 その美しい女性は、司会者からマイクを受け取ると壇上で一礼してなめらかに挨拶を始めた。

 「――ご紹介に預かりました、鶴来屋会長の柏木千鶴です。ご宿泊、ご来訪のお客様皆様に鶴来屋を代表いたしまして、壇上ながら厚く御礼申し上げます。おかげを持ちまして本日、鶴来屋本店御来客十万名突破という快挙を成し遂げることができました。これも一重に皆様のお力添えの賜と・・・」

 日本の指導者はスピーチがみなへたくそである事は世界的に有名な事だけれども、千鶴会長の話にはまったくよどみが無かった。妙な癖もなく、聞き取りやすい発音と明確な言葉遣い、知性的なのに冷たさを少しも感じさせない声で紡がれるスピーチは、典型的な社交辞令の挨拶でさえ人を引きつけ離さない魅力を持っていた。

 ・・・美人なだけのお飾り会長じゃないんだ・・・
 俺はそっと横顔をのぞき見た。
 スレンダーな頬、母性的で親しみのもてるちょっとタレ気味の目、しっとり長い黒髪、きめ細やかで化粧っぽさの無い肌、小さくて形の良い唇とすっと通った鼻のライン・・・・・・

 ・・・この人が、これから僕に・・・「あ〜ん」・・・してくれるって・・・??

 「――有り難うございました。それでは会長、ご準備を・・・」

 もとの司会者の声と拍手で気が付いたときには、千鶴さんは深々と頭を下げて観衆に礼をしていた。
 ・・・なんだか、人増えてないか・・・?
 俺は途端に心臓が高鳴るのを自覚した。
 ふと見ると千鶴会長はもう料理の側に立ってスタンバイしている。
 右手には白い長い箸があった。それを見た瞬間、俺の動悸はさらに激しくなった。

 馬鹿のように立ちすくんだ俺を、司会者の女性が引っ張って千鶴さんに並ぶ位置に連れていった。
 側に立つと、千鶴さんの香水の香りがした。油が切れたポンコツロボットのようにぎくしゃくとしか動かなくなった首をぎこちなく動かして千鶴さんの顔を見ると、千鶴さんも俺を見ていた。

  ・・・にこっ

 ――花が開くように口元がほころんだ。目を細めて、千鶴さんが笑った。
 効果音が鳴らないのが不思議なくらい綺麗な微笑みだった。
 俺はもう、緊張と興奮で何も考えられなかった。

 ――だから、その時は気が付かなかった。
 壇の端に控えていた女性スタッフの手で料理の蓋が取り上げられた瞬間に、突然目をそらした若い男の姿に。
 蓋を取られて露わになった料理から漂ってくるいいしれない違和感に。

 「箱崎様、よろしいですか? ――では会長、お願いします・・・」

 司会者の女性が声をかけると、千鶴さんは細い指で箸を操って料理のはしっこをつまみ上げた。
 そして俺の顔を見ると、小さな声で
 (口を開けて下さい・・・)
 と言ってきた。
 俺は目を閉じて、言われた通り口を開けた。

 ばくんばくんばくんばくんばくんばくんばくんばくんばくんばくんばくん・・・!!!!!

 しん・・・と静まり返った会場に、俺の心臓の音がこだましているんじゃないかと思った瞬間・・・

 ・・・何かが口の中に入ってきた。
 俺は口を閉じてそれをほおばった。
 そして、二、三度かみしめて・・・

 

 ・・・・・・・・・・・・・そして意識を失った。
 気が付いたら、そこはスウィートルームだった。

 

 

 コンコン。

 こんな風に軽く二回ノックするのは耕一さんだ。
 あたしは軽くためいきをついて、どうぞ、と言った。
 いつもなら、私の部屋――会長室に耕一さんが来ることは大歓迎なんだけど、今日はすこしブルー。

 はぁ・・・
 きっと耕一さん、怒ってるんだろうな・・・。

 「千鶴さん、いまいい?」
 「はい・・・」

 入ってきた耕一さんは、額に苦悩の色を浮かべていた。
 耕一さんが怒っていないのがわかって少しほっとしたけど、私のせいで耕一さんが困っているのかと思うと胸が痛い。あたしは思わず肩をすくめてうなだれる。

 「・・・いま、医務室の方から連絡があってね。例の青年、意識を取り戻したらしいよ」
 「そう・・・ですか」
 「先生がいって軽い診断をしたらしいけど、意識の混乱や瞳孔の拡縮もなく脈拍も正常だっていってた」

 耕一さんはそう言いながら椅子をひいてきて、私の横に腰掛けた。

 意識の混乱とか、瞳孔がどうしたとか、私の手料理の話になるとどうしてみんなそう大げさなのかしら。
 ・・・ついさっきまでここにいてお小言を言ってた足立さんも、あの若い子の健康をやけに気にしてたし・・・

 「・・・そこで足立さんとすれ違ったけど・・・足立さん、なんて言ってた?」

 私の心中を見抜いたように耕一さんが言った。
 私は膝に置いた手に目を落としてぽそぽそと答える。

 「・・・なんとか無事にけりが付いたからいいけれど、もう黙ってこんなことはしないでくれって・・・」
 「・・・それから?」

 うっ・・。
 耕一さんの意地悪。

 「・・・もうちょっと、お料理の勉強をしてから、人にだすようにって・・・」
 「(ウンウン)」

 耕一さん。そんなに深く頷かなくても・・・。
 軽く下目遣いに睨んでやる。でも全然効いてない。

 「それと・・・耕一さんのことほめてました。事後処理が素早くて的確で見事だったって。・・・まるでこうなることがはじめからわかっていたみたいだって・・・」

 そう言うと、耕一さんは複雑な笑みを浮かべた。
 なんだかあんまり触れて欲しくない話題だったみたい。
 詳しく追求してみたい気もするけど、いまはとりあえず我慢。いま怒られてるの、私だし。

 ちょっと沈黙。
 そろそろ気まずいかな、と思って何か言おうと私が口を開きかけた時、耕一さんが話し出した。

 「・・・下の方はね、だいぶ落ち着いてきたよ」

 下の方って言うのは鶴来屋の事務所の事で、多分おまけに厨房の方のことも言ってるんだとわかった。

 「一応みんなには、あの青年は極度の緊張のために失神したと言うことにしてるからね。あの料理の方もどさくさに紛れて料理長が作った本物の方にすり替えて置いたから、あの料理が原因で卒倒したなんてことは誰も気が付かないだろうね。真相を知っているのは俺と足立さんだけだから、とりあえず千鶴さんは堂々としてて」
 「・・・はい」
 「それにしても・・・」

 耕一さんは髪の毛を掻き上げて大きくためいきをついた。
 そんな仕草が格好いい・・・と思ってしまうのは、反省が足りないのかしら。

 「千鶴さん、どうしてあんなことしたの・・・。なにもあんな大事な式典で・・・」
 「・・・」

 私が黙っていると、耕一さんはもう一度軽く息をついた。

 「・・・まあ、想像はつくけどね。大体いくら十万人記念とはいっても、特別スウィートってのは変だと思ってたんだ」

 耕一さんはちょっと立って、椅子をくるりと回し、背もたれを抱くような格好に座り直した。

 「あれ、千鶴さんの意見だったよね。あのときから考えてたの? 今日のこと」

 ・・・やっぱり耕一さんは鋭い。
 いつもは頼もしいんだけど、今はちょっと困る。
 でももう見抜かれきっているみたい。
 しかたなく私は頷いた。

 「・・・やっぱりね。千鶴さんも事後処理のことを考えて今日を選んだワケだ。一般の客室にしてたら、どうしても十万人記念で倒れたあの青年の所に他の客が群がるだろうし、そうなるとどんな噂がたつかわからない。その点、特別室だとそういった騒ぎから隔離しておける。かといって、特別室に泊まる本物のVIPに食べさせて倒れられたら鶴来屋の信用問題になりかねない。だから、騒ぎから隔離できる特別室に後日問題の種にならない一般の客が泊まるときにしか、計画は実行できなかった訳だね」

 ・・・ううう。
 なんだかすっごい失礼なこと言われてる気がするのは私の勘違いじゃないわよね・・・

 「・・・でも普通ならそんな事はあり得ない。特別室には一般客は泊まらない・・・いや泊まらせないはずだからね。でも、記念と言うことにしてしまえばあり得るわけだ。それが、今日だった。・・・どう千鶴さん。当たってる?」

 ぱちぱち。
 私は心の中で拍手した。
 当たってます。そのとうりです。
 ――でもね・・・耕一さん。ひとつだけ、気が付いてない事があります。
 私だって、わざわざ騒ぎを起こしたくてこんなことした訳じゃない。
 どうして私がこんな事したのかってことに、耕一さん、気が付いて下さい。
 ・・・気が付いて・・・

 ばふっ・・・

 突然、私は大きなぬくもりの中にいた。

 えっ!? ええっ??
 ・・・なに? 何が起きたの??

 「千鶴さん・・・」

 耳の横で耕一さんの声が聞こえる。
 ああ・・・私、耕一さんに抱きしめられてるんだ。

 そのことに気が付いた瞬間、私の緊張は現金にも解けて無くなって、逆に身体が熱くなって行く。

 「ごめんね、千鶴さん。・・・わかってるよ。千鶴さんがどうして・・・こんな事したのかってこと」

 ・・・耕一さんはきっと私の心が読めるんだ。
 だって、だって、そうでなきゃ、こんなタイミングって、ありえない。

 「あの青年は、俺だったんだね・・・」

 耕一さんの声は柔らかくて暖かくて優しい響きで・・・なのに私は泣きそうになった。
 耕一さんの服を掴んで、私はうんうんと頷くことしかできなかった。

 そう・・・あの男の子は、耕一さんの代わり。
 あの「あ〜ん」は、本当は耕一さんにするはずだった。
 でも最近お互い忙しくって、二人きりで食事をする機会がない。
 朝や夕方は梓達と一緒だし外食も多い。昼はお互いばらばらに出払っているし、たまに一緒になっても耕一さんが恥ずかしがってさせてくれない。
 だから、見せつけてやるつもりだった。
 耕一さんじゃない人に、耕一さんの目の前で。「あ〜ん」って。

 「耕一さん・・・」

 声をだして耕一さんの名を呼んで、そして気が付いた。

 ――私・・・泣いてる・・・。

 「ごめんなさい・・・耕一さん・・・」
 「・・・僕の方こそ、ごめん・・・千鶴さん。気が付くのが遅くって。きっと俺、千鶴さんを知らない間にたくさん傷つけてたんだね・・・本当、情けなくなる」
 「そんな・・! 耕一さんは悪くありません。わたしが勝手にやったことなんですから、悪いのは私・・・」

 ・・・突然、私の唇は動きを止めた。耕一さんが、私の唇を奪ってしまった。
 私はゆっくり目を閉じると、耕一さんの腕に身体をあずけた。
 息が苦しくなるまでキスをして、ゆっくりと唇を離す。
 目があって、二人同時に笑い出した。
 なんだかいろいろ悩んでたのが馬鹿みたい。私は耕一さんのおでこに自分の額を軽く当てた。
 笑いながら、私達はもう一度、強くお互いを抱きしめあった。

 わたしは思う。私達は十万の言葉を交わすより、一回キスする方がお互いを理解し合えるんじゃないかって。
 この気持ち、一方通行じゃないですよね。耕一さん。
 大好きな大好きな、大好きな――あなた。

 

                                                1999.02.14

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