藤田君ちの墓参り


 昨日の夜親父とともに帰ってきたばかりの母さんはオレを起こしにきた。

「浩之、お父さんと一緒にお墓参りに行ってきてちょうだい」

 ……もうそんな時間か。
 確かに時計は10時を回っている。
 仕方なくもぞもぞとベッドから這い出て、身支度をした。
 
 
 

 今日は12月30日。我が藤田家では大掃除の日という位置付けになっている。そして、この日に先祖の墓参りも済ませてしまうってわけだ。

「何一人でぶつぶついってるんだ?」

 車を運転している親父がツッコミを入れてきた。

「読者サービスだよ。説明しなきゃ誰も分んないだろ」
「そういう読者サービスなんかはあかりちゃんにしてもらえ」

 オレは運転している親父の顔に正拳を入れた。
 運転手に物理的なツッコミを入れるのは危険ですので止めましょう(編集)
「このくそ親父!」
「父さんは『かわいい子に説明してもらった方がうれしい』という読者の気持ちを代弁しただけだ」

 帰ってくるなり一体何なんだ、この親父……
 これで会社では「敏腕サラリーマン」として名をなしているらしいから信じられない。

「それはそうと、息子よ」
「何だよ」
「私達両親が不在の間に、何人の女の子を『落して』きた?」

 今度は肘を入れた。

「まさか、まだ一人のみなのか?」
「なんだよ『まだ一人のみ』って!どうして『まだ何もしていない』じゃねえんだよ!」
「あかりちゃんとはとっくの昔に『すませて』いるんだろう?隠さなくてもいいよマイ・サン」

 もう一発、今度は裏拳を打ち込む。

「オレとあかりはそんなんじゃねえ!」
「浩之よ、親を殴ったらいけないよ」

 だったら少しは話題を選べよ。
 それにしてもよくなんともなく運転できるなぁ
「大体その年でたった一人も『斬って』いないとはそっちの方が恥ずかしいぞ。父さんがお前ぐらいの年代の時は10人は確実に越えていたな」

 さすがにこの発言にはあぜんとした。正気か?この親父。……いや、この親父だったら十分にあり得る(この親父についてはまた別の機会に話すとしよう)。よく母さん結婚したよな。
 ……なんでだろ?
 
 
 

 墓地に着いた後、墓までの道中、そのことを親父に聞いてみた。

「……やっぱり、父さんにとって、母さんは特別な存在だからな」

 やたら真面目な表情になって、親父はそう言った。

「高校の時に知り合ったんだけど、高校生活の3年間の内でつき合ったことなんて一度もなかったんだ。でも、いつもそばにあいつがいた。父さんが大学に入って、母さんが就職してという風にそれぞれ別の道を歩んでからも、何かというと一緒に遊んでいた。
 しかしな、そういった楽しい生活はある時急に終わりを告げた。母さんが婚約したんだ。……オレは、その時気づいた。自分の本当の気持ちにね。
 今さら遅かったが、自分の思いを押さえきれなかった。そして母さんにプロポーズしたんだ。……そしたら母さんはこう答えてくれたんだ。目に涙を浮かべてね。
『やっと気づいてくれたんだね、やっと私を見てくれたんだね』って」

 墓地特有のしんとした冷気があたりにたちこめている。風はない。
 オレ達と同じく先祖参りにきたのだろう、家族連れが線香を手にゆっくりと歩いていたオレ達の横を通り過ぎて行った。
 親父は話を続けた。

 「その後、色々とごたごたはあったけど、なんとか今こうして暮らしている。オレは、……あれ、いつの間に『オレ』って言ってたんだろう、父さんは母さんを信頼しているし、母さんも父さんの事を信頼していると思う。だからこうしてやっていけるわけだ。
 いいか、浩之。状況はいつだって一瞬の内に変わるんだ。今がいつまでも続くと思うなよ。お前だって、それがあかりちゃんでなくとも、気になる女の子の一人や二人はいるんだろう?」

 正直、その話にショックを受けていた。親父と母さんの間にそんなことがあったなんて……
 忘れもしない、五月一日。あの日以来、おれとあかりは幼馴染みという関係を互いに強固し続けてきた。その関係の鎖は日に日に強く、断ち切れないものになって行くのが分る。確かに、今それを壊さなかったら、いつ壊すというのだろう?でも……

「……もう少し、時間が欲しい。」

 正直な気持ちが口をついて出た。

「そうか、まあそれもいいだろう」

 親父はそう言ってにっこりと笑うと、オレの肩をぽんぽんとたたいた。

「ま、そのことは一人でじっくり考えるんだな。とっとと掃除して帰ろう。……な、何だあれは?」

 と、親父はオレ達の墓の方を指差す。その方向から泣き声が聞こえる。
 オレはそちらに目を向けた。
 は、墓が倒壊している?!
 そしてその横で泣いているのは……

「ふぇ〜〜〜〜〜〜ん、ひろゆきさ〜〜〜〜ん!」

 な、何でマルチが?
 と、その時、オレのPHSをコールしてきた奴がいた。
 綾香だ。

「あ、浩之?今そっちにマルチが行ったと思うんだけど。マルチがさ、大掃除の時ぐらい浩之の家で手伝いたいって言うから、特別に行かせてあげたってわけ。せっかくなんだから使ってあげてね、バーイ」

 用件を言うだけ言うと綾香はさっさと電話を切ってしまった。
 次に親父の携帯が鳴る。

「はい藤田です。……ああ、母さんか。え?家の中がめちゃくちゃ?掃除しにきた女の子が?ちょっと待て、それじゃさっぱり分らん、落ち着いて話すんだ」

 あたりにマルチの泣き声がこだまする。
 しかし一体どう掃除したら、こんな風に墓を壊せるんだ?
 オレはどうしようか、空を見つめて思案していた。
 オレの家の墓参り(&大掃除)はまだまだ時間がかかりそうである。
 
 
 

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 みなさん、初めまして。
 そして、ここまで読んで下さってありがとうございます。
 TEN と申します。以後よろしく。
 さて、今回のこのSS、いかがでしたでしょうか。
 何せこういうことは初めてで、不馴れなもんですから色々と御不満等あると思います。

 本当はもう少しでかい話を一番初めにネットに出す予定だったのですが、家の窓ふきしている内にこんなのを思いついて、それで書き上げたのがこの作品です。
 ちなみに、このSS、あかりバッドエンディング後のお話です。(時期は高二の冬)本文中にそれとなく書いたのですが、ちょっとわかりにくいと思ったのでここに付け加えておきます。

 初めは、浩之の両親に関するエピソードはなかったんですよ。書いている内に思い付いて、思い付いたまま書いてしまったのですが。いいんですかね、こんな感じで。

 しかし書き上げるのに3時間もかかってしまいました。我ながら自分の鈍さにため息が出るばかりです。他の作家さんはきっともっと速いんでしょうね、うらやましい限りです。
 
 ではみなさん、よいお年を。
 
 
 

1999/12/30
TEN
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