葉っぱな短編集 その2 第11青函丸さん



痕SS

【異次元の人】


 多くの惑星(ほし)を渡り歩いてきた。
 多くの狩を重ねてきた。

 私の脳裏には狩の光景が浮かんでいた。

 命の炎を散らせても、得られるのは、ほんの一瞬の満足。その後に訪れるのはいつも虚脱感。魂を宿していたはずの肉片を目の当たりにすると、より一層空しくなる。

「エディフェル、元気がなさそうじゃないか? せっかく、獲物が沢山いる惑星に辿り付いたんだ。景気付けに一つ狩にでも行こうじゃないか」
「ありがとう、アズエル姉さん……」

 アズエル姉さんらしい気の使い方……。

 今度の惑星は碧く輝き、暖かな自然は多くの生命を包み込んでいる。
 暗く、冷たい空間を、長い間さすらってようやく辿り着いた。

 この惑星の大気に浸ると、溢れる命の躍動が私の中に流れ込んでくる。それが私の気持ちを明るくさせる。私にも狩猟者の血が流れていることを実感させられる。

 せっかくアズエル姉さんが誘ってくれるんだ。一緒に行ってみよう。
 レザムを離れ獲物のところへ。


 凛とした月明りのもと、夜の森を行く。

 遠くに、松明の燈が見えてくる。一つ、また一つ。しだいにその数は増えてきた。
 ガシャ、ガシャ、ガシャ……。
 鎧兜に刀が当たる音だろうか? 大勢の足音と共に聞こえてくる。
 殺気だった意識が流れ込んでくる。その気配は大きくなっている。


「こりゃ好都合だ、獲物の方から近付いてきてくれる。エディフェル! 油断するんじゃないよ!」
「はい…」

 アズエル姉さんの声に、私は短く応えた。

 木々の合間から、蒼白い月明りをきらめかせた刀が振り下ろされる。

 私は狩猟者の血に身を任せた。
 全身に重力を感じつつ、急激に加速した。私の髪もサッと揺れる。
 鎧兜に身を固めた侍だろうか? 刀を振りかざす動きはスローモーションのように感じた。

 私の動きを見たからだろうか…。発せられていた殺気は脅えに変った。
 狩猟者の血が私の腕を振り下ろさせた…。

 気が一つ消えた。鮮やかな炎を感じた。

 少し離れたところで、一つ、また一つ、脅えの気が消えて行く。
 きっと、アズエル姉さんだろう…。

 どのくらい時間が過ぎたのだろうか…。アズエル姉さん以外の全ての気が消滅していた。

「月が、きれい……」

 見上げてみると、何事も無かったように蒼白い月が浮かんでいた。
 なぜだか判らないけど、狩猟者としての満足感に浸るより、月明りの風景に身を置きたかった…。


「アズエル姉さん、少し一人になりたいんだけど……」
「そうだな、エディフェル、この惑星には敵になるような獲物はいないみたいだし、一人で堪能するのもいいかもな…。じゃあたしは先に帰けど、気をつけるんだよ」

 アズエル姉さんはそう言って、私のわがままを聞いてくれた…。


 久し振りに炎を散らせた。鮮やかに散らすことはできたけど、私の心の隙間を埋めることはできなかった。


 夜が少し深い。

 リー、リー、リー、……
 虫達が秋の訪れを告げている…。

 故郷の星がまばたく。森の合間を清らかな水がかすかに音をたてて流れている。
 わずかに揺れる蒼白い月が、水面(みなも)に写し出されている。

 一人で歩いた。
 殺気や血の匂いは無くなっていた。


 ほどなく人の気配を感じた。感じたと言うより、流れ込んできたと言った方がいいかもしれない。
 先ほどの殺気ではなく、別の感覚。

 この惑星では初めての経験。それは、私たちエルクゥに近い感性だった。

 私に近い人がいるというのだろうか?

 心を満たしてくれる人なのかもしれない。
 私を包みこんでくれる人なのかもしれない。
 新しい物語を作ってくれる人なのかもしれない。


 私は淡い期待を携えて、その意識の流れに足を向けた。
 ゆっくりと、でも確実にそれは大きくなってきた。

 やがて、私の視界は一人の男の人を捉らえた。

 私は耳を疑った。この惑星にはエルクゥの言葉を理解する者はいないはず。
 それなのに、この男の人は私たちの言葉を発した。


『すんません、伊丹駅どっちですかー』

 ……

 幻影に気づいた私は、表情すら変えずに狩猟者の血に従った。


          〜 終 〜



   あとがき

 本当は、次郎衛門が登場するシリアス路線だったのですが、キャプテンJが出てくるギャグになってしまいました。シリアスは難しいです。
 でも、エディフェルの哀しみと怒りは伝わりましたでしょうか?
「痕」(本編、柏木家の食卓、さおりんといっしょ)では、楓ちゃんだけが怒りを表現していません。
 もし楓ちゃんが怒ったら……、 結末にはそんな考えも含んでいます。

 「キャプテンJ」をご存じで無い方に。
 リーフビジュアルノベルシリーズには、意外なキャラクターが登場しています。
 「雫」のアストラルバスターズ編に登場する「キャプテンJ」は異次元人の中の一人です。
 彼のセリフ、
『すんません、伊丹駅どっちですかー』
 が、やけに印象に残ってしまい、こんなSSになってしまいました。




痕SS

【狩りの方法】


「まいっちまったなあ……、風も強くなってきたし、雨も本格的に降ってきちまった。こりゃ野分け(台風)かもしれんぞ……」

 男は弓と矢を背負い、蓑(みの)を被り直して、山道を急いだ。

「兎さえいない、どうちしまったんだろう……」

 そんな事を呟きながら、足を早めた。
 ふと、足下を見ると、流れかけているが赤黒い血の痕があった。点々と続く先には侍が倒れ、雨にうたれていた。

「うっ、ホトケ様だ……、ナンマンダブ、ナンマンダブ。そういや、この雨月山には、鬼が出るという噂だ。動物もいなかったことだし、おいらも早く山を降りよう」

 男は、また足を早めた。
 顔に当る雨つぶは痛いほどになり、風はビョウビョウと声をあげ始める。

「まいっちまったなあ…」

 すると、一軒の小屋が見えてきた。
 おや? こんな所に民家なんてあったかな?

「まあいい、この際だ、少し休ませてもらおう……」

 扉を叩き、低い音が響いた…

「ごめんください、嵐に巻かれて難儀してます。少し休ませて下さい」
「それは大変ですね、どうぞお入りになって下さい」

 中から、若い女の声が聞こえた。


 ぱち、ぴきり、……
 薪の燃える音が、外の雨と風の音に混ざって聞こえる。
 いろりの自在鈎には鍋がぶら下がり、煮物の香りが漂っている。
 女は二十歳過ぎだろう、富士額で長い黒髪が少し妖しげな雰囲気を醸し出していた。
 服は質素ではあるが、しっかりしたものだ。山の中に住む娘にしては裕福な格好だ。
 男はそう思いながら、ひとごこちついた。


 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 扉を叩く音に続いて、男の声が聞こえた…

「ごめんください、……」

 あたしは、『リズ姉のお手並み拝見』、ということで、物影に隠れた。

「それは大変ですね、どうぞお入りになって下さい」

 リズ姉は、嬉しそうに男に話し掛ける。

「大変な嵐になってきましたね。さあ、どうぞ嵐がおさまるまで、ゆっくりなさって下さいね」
「いや、こりゃかたじけないです」

 男は入って、背負っていた物を下ろした。弓と矢筒、多分猟師なのだろう。

「まあ、ずぶ濡れになってしまって、さあ、火にあたって下さいな…」

 と言って、リズ姉は、男をいろりばたに案内する。

「どうも、すいません」

 と、男が言って、腰を降ろしたところ、

「キュウ、グルグル……」と、いう音があたしにまで聞こえた。
「あら、気がつきませんでしたわ……、さ、遠慮なさらないで、どうぞ」

 と、リズ姉は、いろりの鍋から“リズ姉特製”の煮物をよそって差し出した。





 ドクン、ドクン、ドクン……
 見ているだけなのに、あたしの心臓が高鳴って行くのがわかる。
 男は煮物を口にして間もなく……、 斃れた。
 命の炎が消えるのを見届けてから、あたしは物陰から姿を現し、リズ姉に話しかけた。

「リズ姉も手を込んだことをするねえ、こんな小屋を作ったり、変装したり……、あたしみたいに、正面からズバッと狩るのがエルクゥというもんだよ…」
「あら、アズエル、時代は日進月歩よ、この間だって、アイーダが、わたくしの狩りを取材に来ていたじゃない……」
「アイーダ? だれそれ?」

 あたしは尋ねた。

「『月刊 エルクゥジョイ』の記者さんよ、はい、これが掲載誌」

 あたしは、リズ姉が差し出した雑誌に目を落とす。

「特集:ニューウエーブのハンティング!」
「業界初! 四皇女の長女リズエル妃殿下のハンティング独占インタビュー」

 といった活字が表紙に踊っている。

 エルクゥらしい生活に、ハンティングは欠かせません。でも、時代は日進月歩。
 力任せだけでなく、もっとエレガントなハンティングを!

 ニューウエーブのハンティング特集の冒頭は、新しい試みをなさっておられる、
 四皇女の長女、リズエル妃殿下の独占インタビューです。


アイーダ(以下記者):
「本日はご公務ご多忙の中ありがとうごさいます、さっそくですが、ユニークな衣裳ですね、何かのコスプレでしょうか?」

リズエル妃殿下(以下妃殿下):
「あら、失礼ですね。ハンティングのインタビューじゃないのですか?」

記者 :
「失礼しました。でも、そのお姿は何なのでしょうか?」

妃殿下:
「この惑星(ほし)の大和の国のきこりの娘の衣裳ですわ」

記者 :
「すると、ハンティングに関係あるのですが?」

妃殿下:
「ええ、私は、従来の力任せだけではなく、知的な狩りも行っています。その手段として、獲物の警戒心を弱めるためにこのようにしているのです……」

記者 :
「なるほど、罠を仕掛ける方法ですね。それで、その罠をかけるためにこのようなお姿までなさるという、本格的な方法なのですね……」





 あたしはあきれて雑誌を投出した。
 リズ姉の料理が、手の込んでいる狩りだって? そのまんまじゃないか……。
 雑誌を投出したあたしの態度が不満なのだろう。リズ姉が喋ってくる。

「あら、私は獲物のことを思ってこうしているのよ。恐怖心など感じさせずに、狩られるのだから……。誰かさんの力任せだけの狩りと違って知的で、とっても親切じゃない」

 リズ姉の言葉に、あたしはちょっとムッとした。

「『獲物のことを思って』だって? 獲物のことを考えたら、狩りなんかしないことだよ……。そういうのを偽善って言うんだ」

 つい喋ってしまった……。いくら、売り言葉があったとは言え、あたしは思いっっっっきり力一杯後悔した。
 虎の尾を踏むとはこのことだろう……。

「ア・ズ・エ・ル・ちゃん… 今、何ぁんて言ったのかしら?」

 すでに、血の気が無くなっているあたしに、リズ姉が満面に微笑みを浮かべながら、声をかけてくれる。いつもは、追いつめている獲物の心境が、今は手に取るように判る。

「いえ、何も……」
「アズエルちゃん。今日はその性格、私がなおしてあげるわね…」

 リズ姉は表情を崩さずに、あたしに近寄ってくる。気温だけでなく、気圧も下がっているのは接近している台風のせいだけじゃないのだろう……。

「ギャー、リズ姉! ごめん! 許して!」
「許すも何も……」
「わーっ!」







「ふー」

 あたしは目が覚めた。
 なんて夢だったんだろう。

 例の事件に巻き込まれたからかしら? あんな夢を見るなんて……
 あたしは、ベッドの上でため息をついた。

 いままで、漠然と「鬼の子」って知っていたけど、あたしがアズエルという鬼で、千鶴姉はリズエルという鬼。
 その上、リズエルという鬼は料理を使って毒殺を楽しむ、というとんでもない鬼、という夢。

 でも、千鶴姉の料理が、耕一が感じたと言ってた例の刑事の衝動と同じものだとすると、何となく納得がいくなあ……。

 あたしは、覚め切らない頭のまま、そんな思いをめぐらせていた……。

 ふと壁の時計に目を向ける。

「あっ! もう、こんな時間。寝過ごしちゃった。朝御飯の支度をしなくちゃ…」

 あたしは、着替えて廊下に出ると、台所の方からは料理の香りと人の気配がする。

 ああ、きっと初音がやってくれているんだ。
 あの子はそういう子だから。

 そうに違いない。
 そうだと思う…。

 ……

 その途端、扉が開いてパジャマ姿の初音と目が合った。

「あ、梓おねえちゃん、おはよう」

 じゃあ、台所にいるのは……。
 楓? 楓だよね。

「呼びました?」

 振り返ると、そこには楓が居た……。



                〜終〜



 あとがき

 普通、料理が下手な人は作りたがらないものですが、千鶴さんは料理を作りたがっています。
 「柏木家の食卓」では、試食(?)をしたタマがすでに動かなくなっているのに、料理を出していることを考えると、千鶴さんの行動には不自然さが残ります。
 そこで、もし千鶴さんが鬼の衝動にかられて料理を作っている、としたら……。





痕SS

【今度は一緒だから】


「…はい、柏木です」

 強い雨音に遮られながらも、私は受話器を取った。

『あ、楓ちゃん? 俺、耕一。車買ったんだ。みんなで、ドライブに出掛けないか?』

 うれしかった。耕一さんとお話できるだけでもうれしいのに、一緒におでかけ……。

 初音は、学校の宿泊研修で参加できないのに、何も言いません。耕一さんは『ドライブ、止めとこか?』、と言ってくれたけど、初音は『皆で楽しんできて』と明るく答えてくれた。
 見ている私まで痛々しくなってしまいました。

 そんなこともあったけど、耕一さんが、アルバイトで買ったという車で、隆山まで来てくれました。
 早速、くじ引で席を決めました。

「おっ、あたしが助手席か、日頃の行いがいいからね…」

 笑みを浮かべながら、梓姉さんが自慢します。
 千鶴姉さんは耕一さんの後ろの席になってしまって、何だか不満気味。こういう時の姉さんは怖いから、そっとしておきましょう。
 私は、耕一さんの斜後ろの席になりました。少し残念なのですが、耕一さんと一緒にドライブですから、贅沢は言いません。

 そして、出発です。
 大雨だったけど晴れてよかったね。

「しかし、良かったよなあ、いい天気になって、こういうのを行楽日和って言うんだろうな」
「こっちは大変だったんだよ、耕一。昨日まで記録的な大雨で土砂崩れがあったり、浸水したりで」
「でも本宅や、鶴来屋は何ともなかったんだろ?」
「まあね、でも鶴来屋じゃ、足立社長が、土嚢やなんかを準備してたっていうよ」

 梓姉さんと耕一さんの会話がはずみます。こういう時、気軽に耕一さんと、お話ができる梓姉さんの性格がうらやましいです。
 私の隣の席では、助手席にならなかったことで、千鶴姉さんがすねています。


「でもさあ、梓」
「なんだ? 耕一」
「車に乗るようになって、初めて判ることもあるぞ」
「どんなことだ?」
「たとえば、アスファルト舗装で、大型車が多く通る道は、信号手前の路面は洗濯板になっているとか」

 梓姉さんと耕一さんの会話がはずんでいます。でも、今の会話の中の『洗濯板』という単語に隣の千鶴姉さんが『ピクリ』、と反応したことに、気付かないのかしら?
 千鶴姉さんの反応は、単なる偶然かもしれません…。そうしておきましょう。
 しばらく走ると車は止りました…。どうやら工事の交互通行のようです。

「全く工事が多いよなあ……。ほらほら、梓、ここなんか谷側が大きく、えぐれているぜ!」

「そうだろ、耕一。こっちは記録的な大雨だったんだよ、あたしの学校の裏なんか、道路が陥没して通行止になってるぐらいだから…」


 『洗濯板』、『えぐれて』、『陥没』……。


 耕一さんと、梓お姉さんの会話に、そういう単語が出るたびに、千鶴姉さんの震えが大きくなっています。
 もう、偶然じゃありません……。

 私の足下にはしっかり冷気が漂っていますし、千鶴姉さんの指先には鋭い爪が、見え隠れしています。こうなってしまっては、私の力ではどうしようもありません。

 今、耕一さんが運転している道は崖道。
 たしか、叔父様が亡くなられたのも、この道。

 柏木の家には初音がいるし、
 もしもの事があっても、今度は耕一さんと一緒だから……。

 私は千鶴姉さんの震えや、にぶく光る爪には気にしないことにしました。


                   〜 終 〜



  あとがき

 また、こんなSSを書いてしまいました。千鶴さんファンの方、ごめんなさい。
 「ボケの欠点はツッコミの宝」を地でいくネタで申し訳ないです。
 楓ちゃんは、余裕を見せています。彼女は余裕が似あうキャラクターだと思いませんか?






ご意見、ご感想は第11青函丸さんまでお願いいたします。

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