葉っぱな短編集 その1 第11青函丸さん


THSS

【でも、お金はあった方が……】


「わーっ! アルバイトに遅刻しちゃう……」

 と声が聞こえた次の瞬間、オレは衝撃を感じた。
 放課後の廊下の出来事だ。
 目の前には、見覚えのある女の子が倒れている。
 理緒ちゃんだ。

 「大丈夫か?」

 オレは理緒ちゃんを助け起こす。
 理緒ちゃんの、例の肘当てが付いた制服がアップになる。
 間近で見ると、きれいに洗濯され、
 襟には「ピッ!」っとアイロンがあてられていた。


 目のすぐ前には、理緒ちゃんの髪。
 オレは思わずドキッとした。
 きれいで艶やかな黒髪が、
 丹念に梳(す)かれて束ねてある。
 その髪からは女の子らしい、
 「石鹸」の香り……。

 あれ?

 あかりの髪はシャンプーの香りだったよなあ……。


 〜 終 〜




THSS

【藤田君の笑顔】


 街で、久しぶりに浩之ちゃんに会った。
 女の人と一緒、小出由美子さん。
 話は聞いていた。浩之ちゃんの大学のゼミの先輩。
 浩之ちゃんは笑って私に紹介してくれた‥。

 由美子さんと一緒にいる、笑顔の浩之ちゃん。
 喜んでいる浩之ちゃんを見てると、
 私も何だか嬉しくなってくる。

『今度、由美子さんと結婚することになったんだ』

 浩之ちゃんが、薬指の指輪を見せてくれた。
 本当に嬉しそうな笑顔でそう話してくれた。
 ちょっと驚いたけど、浩之ちゃんの顔、”ホント”嬉しそう。
 よかったね、おめでとう。

 その夜。
 浩之ちゃんは、ただの幼なじみのはずなのに、なぜだか涙が溢れてきた。


 ジャングルジム。
 幼稚園のとき、浩之ちゃんがジャングルジムから落ちて泣きだした。
 浩之ちゃんの泣き顔を見てたら、
 私も一緒に、泣き出した。

 かくれんぼ。
 置いて行かれて泣いてた私。
 戻って来た浩之ちゃんが、優しくほほえみかけてくれた。
 不思議に涙が止って、私も嬉しくなった。


 浩之ちゃんの涙を見ると、悲しかった。
 浩之ちゃんの笑顔を見ると、嬉しかった。

 由美子さんと一緒の浩之ちゃん、
 いままで私が見た中で最高の笑顔だった。 

 浩之ちゃんの最高の笑顔。

 いつのまにか、涙も止まっていた。
 なんだか嬉しくなってきた。

 今度、由美子さんに会ったら、一つお願いをしよう。


「由美子さん、ご婚約おめでとうございます。幼なじみのわがままを許してください。偶然会った時の、浩之ちゃ…、藤田君の笑顔、私にも分けて下さい」


           〜 終 〜




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