最果ての地 裏口 40000記念SS

見た狂門 しゃむてぃるさん
 
 

 時はとにかく江戸時代。
 瑠璃子一行、即ち月島 瑠璃子、長瀬 祐介、月島 拓也、新城 沙織、相原 瑞穂は諸国行脚の旅をしている。
 表向きは暇に飽かせた物見遊山と言った風情ではあるが、その目的は世にはびこる不正を正すこと。
 すなわち、世直しの旅である。

「とーちゃーく!!」
「沙織ちゃん、あんまり急ぐと転んじゃうよ」
「へーきへーき、あたし平衡感覚いいもん」

 今、彼らは最果国に船で着いたところだ。

「結構にぎやかだね」
「そうだな。さすがはこの国の玄関街というところか」

 最果国への道は海にあるといわれており、珍しく他国への定期航路まである。
 瑠璃子達一行が乗ってきた船でも大量の荷物が海の男達の手で積み卸しがなされていた。
 街も活気があり、僻地といって良いこの地としてはかなりの規模である。

「瑠璃子、とりあえず宿を探そう」
「そうだね、お兄ちゃん」
「うん、さんせーい。私疲れちゃった」
「沙織ちゃんって船の中、寝ていただけじゃ……」
「あ〜っ、ゆーくんひどーい。私こんなにおなかぺこぺこなのに〜」

 言うが早いか、宿か飯屋を探しに駆け出す沙織。

「まったく、新城君は……」
「くすくす、どこでも元気だね」
「沙織ちゃんだからね」
「おーい、みんなー早く行こうよ〜♪」
 
 

 そして港町の一角、大通り。

「飯屋♪ それか宿屋で飯や♪……ってあれ?」

 沙織は通りに面した劇場の前で突然立ち止まる。

「どうしたの、沙織ちゃん」
「うん、ゆーくん。この劇場の出し物なんだけど……」
「ふむ、白記帳一座か」
「えっと、それは何なんですか? 月島さん」
「ゆーくん、知らないの? 創立間も無いけど庶民の間でものすごく人気なんだよ」
「うむ、たまには息抜きも良いかもしれないな」

 拓也と沙織だいぶ興味がある様子で、劇場へ目を向ける。
 というより、今にでも劇場に掛けこみたい。と目がイッて……じゃなくて言っている。

「うーん、どうする? 瑠璃子さん」
「うん、いいと思うよ」
「じゃぁ決まり!」
 
 

「白記帳一座の本日の公演はこれで終了です」
「明日もまたきてね♪」

 出し物は終わり、瑠璃子一行は外の大通りを歩きながら余韻に浸っていた。
 内容は加賀のある町で起る鬼の血を引いた者達の物語で、それに歌が組み合わさった演劇だった。

「とっても良かったね、ゆーくん」
「うん、劇も良かったけど僕は由綺さんの歌がとっても気に入ったね」
「僕は理奈さんの歌の方が良く感じたな」
「…………」
「どうかしたの? 瑠璃子さん」

 瑠璃子は劇場に入った時からこの調子だった。
 いつも通りではないかと思える向きもあるが、とにかく違っている。

「ううん、なんでもないよ」
「そう、ならいいけど……」

 そのまましばらく街中を歩く事数分……
 それまで沈黙していた瑠璃子は突然喋った。

「行こう、祐介ちゃん、お兄ちゃん、沙織ちゃん」
「え? うん」
「どうした瑠璃子……って何処へ行くんだ?」
「え、なに? どうしたの?」

 返事を待つより早く瑠璃子は反転して駆け出し、今歩いてきた道を戻り始めた。
 祐介達も後を追って走り出す。

(しかし瑠璃子さんはどこに行こうというのだろうか……)
 
 

 そのころ劇場、舞台……
 由綺と理奈は10人程のガラの悪い連中に包囲されていた。

「ちょっとでいいって言ってんだろぉ!」
「やっ……離して下さい」
「離しなさい! あなた達何なの?」
「悪いようにはしねぇからよ。ひっひっひ……」
「やめてください、お願いです」
「お、姉ちゃんもいいねぇ。いっしょにこいや」
「きゃぁっ」
「美咲さん!」

 そのガラの悪い連中は由綺と理奈を囲み、腕を掴み連れ去ろうとしている。
 止めようとしている美咲も一緒に連れ去りそうな雰囲気である。

「やめろっ!」
「冬弥くん……」
「ちょっと困るんですがね」
「英二さん」
「お兄ちゃん」
「……僕もいるんだけど」

 掛け声と共に舞台の袖より現れたのは裏方の冬弥と劇団長の英二、ついでに彰であった。

「なんだぁてめぇらは?」

 すごむ野郎の視線を軽く受け流し、英二はいつもの調子で話す。

「劇団長と裏方と一応裏方……かな?」
「劇団長なら話は早い」

 それを聞き、ゴロツキ達の中でも一番の風格の男、おそらく頭……が一歩前に出る。

「娘3人預かっていくぞ」
「そんなことは…」

 いまにも飛び掛りそうな冬弥を片手で制し、英二は返答する。

「どうしてですかね。 理由はあるのでしょう?」
「あるさ。この藩の重臣、橋本 平助様がお呼びだ」
「そうだ、ありがたく思うんだな」

 いやらしい笑いをするゴロツキ達を前に英二は眼鏡を掛け直す仕草をする。
 そしてその口から出た返答は、

「いや、遠慮しますよ」

 予期していなかった返答にゴロツキ達の間に動揺が走る。

「なっ、なんだとてめえ……」
「橋本様のお誘いを……」
「ふむ、これはマズイな」
「英二さん、そんな場合じゃないですよ」
「大丈夫だよ」

 そう言ったのは、いつの間にか冬弥の隣に現れたはるかである。

「はるか、大丈夫ってどう言う意味なんだ?」
「ほらね……」

 その言葉と同時に、劇場の入り口より駆けこんできたのは……
 

「……間にあったね」
「瑠璃子さん、どこまで入るん……って」

 瑠璃子は街中を劇場へ真っ直ぐに走ってきて、劇場に入り客席の入り口で止まった。

 舞台の方を見ると、由綺達がガラの悪そうな連中に囲まれているのが見て取れる。
 連中は手に小刀を持ち殺気立っているのを見て、瑠璃子と祐介の顔がわずかに曇る。

「どうやら、連中は関係者ではなさそうだな」
「うん、あたま悪そうだしね」

 追いついてきた沙織と拓也も同じ感想を口にする。
 そんな中、ゴロツキ達とは少し離れたところから英二が一歩前に出る。

「私は劇団長の緒方だが、君達は?」
「お節介焼きの越後のちりちり問屋だよ」
「ちりちり?」
「うん、そうだと思うよ」
「おい、ちりちりってなんだ?」
「更に自分の事なのに思うよって一体……」

 ゴロツキ達は困惑し騒々しくしていたが、「とりあえず気にしないでおこう」という結論になる。
 正しい選択である。しかし、最良の選択ではない。
 頭が喝をいれるようにに大声を出し、思考を中断したからだ。

「ええい、野郎ども! なんだか判らねぇが、邪魔者はまとめて殺っちまえ!」
「おおぅ!」

(殺る? 由綺さん達を? 僕達も? 僕も? 沙織ちゃんも? 瑠璃子さんも?)

「はぐおぉぉぉぉぉっ……」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ……」
「あ、頭の中をなにかがぁぁぁぁっ!」
「助けて!助けてぇぇぇぇ……」

 ゴロツキ達は当然ながらその瞬間から悶え苦しむことになる。

「そんなことはさせない……」

 ちりちりちりちりちりちりちりちりちり……
 祐介の頭から発した無数の電気の粒が、ゴロツキ達の脳へ飛び込んで行く。

「瑠璃子を殺るだと……」

 ちりちりちりちりちりちりちりちりちり……
 拓也もほぼ時を同じくして電波を放出する。

(そうだ、そんなことはさせないさせないさせないさせない……)
(るりこるりこるりこ……)
(祐介ちゃん、お兄ちゃん、やりすぎたらだめだよ……)

 瑠璃子のやさしい電波の粒が、祐介と拓也の発する電波の奔流をするりと通りぬけ、更に心の壁を素通りし脳の奥に届く。

(うん、わかったよ瑠璃子さん)
(しょうがないな……)

 祐介と拓也は改めてゴロツキ達全員の脳に命令を出す。

「うぁぁぁぁっ!ややや野郎ども、ひきひき引き上げだげだだ」
「おおおおおおうおう」

 がくがくと不恰好な操り人形のように動かされつつ、ゴロツキ達は外へ排出されていった。
 
 

 そして半刻後、劇場の一室。

「よかったね、ゆーくん」
「うん、そうだね」

 祐介達は英二が「ま、こんなことしかできないんだけどね」と劇場の空いている部屋を無料で貸してくれることになり、これを幸いとしてここを今晩の宿にすることにしたのだ。
 元々は控え室だったらしく、十二畳程の部屋で布団と台は置いてある。

「祐介君、瑠璃子は戻って来ていないか?」

 瑠璃子と一緒に英二の所に行ってきた拓也が部屋の入り口から祐介に話しかけてくる。

「え? 一緒だったんじゃあ無いんですか?」
「ああ、行くのは一緒だったが、戻るのは一緒ではなかったんだ」
「一緒といえば、瑞穂ちゃんは?」
「ここにいるよ、沙織ちゃん」

 その声は天井裏より聞こえた。そして、室内に飛び降りてくる影。

 ふわっ……

「きゃ!」

 べたん!

 こけた。
 あぜんとする祐介達。だがすぐ気を取り戻す。

「そ、それで瑞穂ちゃん。橋本について何か解った?」
「ぐすん……はい。 かなり悪事を繰り返しています」
「具体的にはどうなんだ?」
「収賄、それに娘を数人攫っているようです」
「おってがら〜、みずぴ〜」
「そ、そんなことないよ……」
「じゃぁ、引き続き調査を頼めるかな。瑞穂ちゃん」
「祐介さん。 は、はい。では……」

 瑞穂は少し顔を赤くしてまた天井裏へ消えていった。そして……

「きゃぁっ! ねずみ〜」
「「…………(汗)」」
 
 
 

「という訳だ、青年」
「英二さん、まだなにも説明してくれていませんけど」
「そうだったっけ?」
「……そうですよ」

 夕闇が覆い始めた劇場の裏庭、冬弥は英二に呼び出されていた。
 英二はいつもの雰囲気で煙草をふかしつつ話す。

「ふむ、ま、彼らにしばらくここの劇場にいて貰おうと思ってね」
「え? 月島さん達に? それと俺に何の関係が……」
「一応、青年の賛成を得ておきたくてな」
「反対はしませんよ。彼らには恩義がありますし」

 その言葉を聞いて英二の目が変わる。見た目は同じだが真剣な色が瞳に出ている。

「本当にいいんだな」
「…………」

 冬弥はそのいきなりの気迫に即答できなかった。
 真意を測り兼ねていることも一因であっただろうが。

「……はい」

 声と気力を振り絞り、冬弥はそれだけ喋る。
 それを聞き、英二は気迫を引っ込めていつものとぼけた調子に戻る。

「いや、それだけだ。悪かったな青年」
「いえ……」

 冬弥は気力を消耗させられて、とりあえず裏庭を後にした。
 

 そして冬弥が裏庭を去った直後。

「それだけでよろしいのですか?」

 庭に多数ある木の影から現れたのは弥生であった。

「はっはっは、弥生さん。 立ち聞きは良くないな」
「……彼らをここに居させること、即ち我々がここにいることは多大な危険を伴うはずですが」
「うん。 まぁ、そうだな」
「何を狙っているのですか?」
「いやぁ『狙っている』なんて人聞きが悪いなぁ」
「……失礼します」

 弥生は一礼するとその場を去っていった。

「何を……か」

 その姿が視界から消えた後、英二は煙草を取り出して火をつける。

「より最高の作品を、それだけさ」

 どこからか表紙に漢字が1文字だけ書かれている台本を取り出し呟く。
 そして、書きかけの頁をめくりながら意味ありげにもう一言。

「その為にはもう少し……」
 

 ちなみに瑠璃子は……

「届いた? 瑠璃子ちゃん」
「うん、たぶんね」

 屋根の上ではるかと空を眺めていた。
 
 
 

 時と場所は移って、その日の夜、最果藩重臣 橋本平助の屋敷。
 今は昼間の連中と重臣らしい男が部屋の中にいる。

「ばかやろう! 娘を連れて来れなかっただと?」

 今、一喝したのが橋本である。
 一応重臣となっているものの、あまり庶民の評価はよろしくない。
 そこそこ武芸の腕も立ち、顔もそれなりなのだが、それを帳消しにして余りある女好きなのである。

「も、申し訳ありません」
「し……しかし連中は訳のわからない術をつかうんでさぁ」
「おお、なんだか妙な技で……」

 口々にそのありさまと恐ろしさを語る手下どもを見て、橋本は考えこむ。

「ふむ、確かに妖術を使うのならば唯突っ込んでも二の舞になるかも知れないな」
「でしたら正面から行かなければ良い、ということでしょう」
「ん?……誰だお前は!」

 ひょっこりと屋敷に入ってきた侵入者に、橋本とその部下はざわめく。

「いや、ちょっとした通りすがりの責任者って所ですか。 いい話があるんですがね……」

 眼鏡を掛け直す仕草をする自称責任者。
 その目がきらりと光ったのは光の反射か、それとも……
 
 

「はぁ……」

 冬弥は劇場の庭にある縁台に座ってから、何度目かのため息をついた。
 昼間の英二に言われたことが気になり、眠れなかったのだ。
 かなり広い庭を見渡せる縁台に腰掛け、座り始めの頃より高くなった月を見上げる。

「俺は……なにをやればいいんだ?」

 どこかへふらりと外出して夜遅く帰ってきた英二であったが、そのまま冬弥を掴まえて酒を飲み始めた。
 そのまま2人して結構飲んで、英二は寝てしまった。

(英二さん、いつもながら訳の解らない人だ)

 酒の肴は瑠璃子達の活躍だった。
 英二は単純に褒めちぎっていたのだが、冬弥はそれを素直に喜べなかった。
 そのことと酒のほてりを冷ますのもあり、冬弥はそのまま座っていたのだ。

 そのとき、庭をいくつかの影が横切った。どうやら数人の侵入者のようだ。
 冬弥は息を潜め、静かに様子を伺う。
 そして月光に映し出された影は……

(あいつらは昼間の!)

 そう、昼間に劇場で騒動を起こした連中の内、3人程だった。
 あのときの頭らしい男と手下2名ほどのようである。

(3対1か……なんとか背後から奇襲できれば)

 冬弥は縁台の近くにあった物干し竿を握り、連中の後を追おうとゆっくりと歩き出す。
 しかし背後に気配を感じたその瞬間。

 どっ!

 冬弥は後頭部の鈍い痛みと共に意識が遠くなっていった。
 
 
 

「う……ん……」
「気がつきましたか? 冬弥さん」
「大丈夫? 藤井さん」

 ここは劇場の一室。
 布団に寝ている冬弥のまわりには、すぐ近くに弥生。そのほかの皆も祐介たちを含めて全員いる。

「ありがとう、弥生さん、マナちゃん」
「応急も仕事ですから」
「べ、別に心配なんてしてないんだから」

 一瞬明るくなったその場であったが、また重い沈黙が覆う。

「俺は、あいつら……そうだ!由綺たちは? 無事ですか? 昼間のやつらが……」
「やはり、な……青年」

 冬弥の声を聞き英二は渋い顔をする。
 そしてその目は鋭く、冷たい。

「おそらく、理奈たちは昼間の連中にさらわれたのだろう?」

 冬弥は黙って……声を出せなくて、ただうなずいた。

「そして、君は自分だけでなんとかしようとした……そうだろう?」

 悔恨の念に囚われる冬弥に、容赦無く英二の言葉は続く。

「青年、もう少し物分かりがいいと思っていたのだがな……」

 その言葉は冬弥に突き刺さる。
 冬弥は下を向いたまま、無言でこぶしを握りしめる。

「申し訳ありません、私がもっと効率良く見まわりをしていれば」
「藤井さんが悪いんじゃない! 悪いのはさらって行った連中じゃない!」
「僕だって、寝ていて何も出来なかった」

 弥生とマナと彰が弁護する。
 英二はそれを見て、眼鏡を掛け直し雰囲気を一変させ冬弥に質問する。

「それでだ、青年。 名誉挽回の機会は要るかね」
「はい?」

 一瞬言葉の意味を理解しかねて呆けた冬弥であったが、理解して身を乗り出して答える。

「そ、それはもちろんです!」
「ふむ、良い答えだ」
「しかし、緒方さん。 機会というのは……」
「犯人は誰か解っているからな。 まぁそういうことだ」

 ひゅるるるる……

 その時、突然どこからか風車が飛んでくる。 その風車は…

 ……………………ぽて

 どこにも届かず畳の上に落っこちた。

「………………」
「………………」
「………………」
(しくしくしくしくしく……)

 場にどこからか響くすすり泣きの声だけが聞こえる中、瑠璃子はその風車を拾い上げる。
 その風車についていた紙を取り、広げ見て瑠璃子は一言。

「くすくす……じゃ、いこうか?」

 その瞬間から祐介達の目つきが変わった。
 何か……違う世界を見るような眼に。
 
 

 再び橋本の屋敷。

「そろそろあの娘たちも起きただろう……おい、開けろ!」

 山下の手下の一人が掛け軸を下に引っ張る。 するとその床の畳の内、一枚がめくれあがる。
 そうして現れた地下への階段を下り地下室に入る。

「しくしく……」

 そこには橋本がさらって来た少女達が牢屋の中にいた。その数は10を下らないだろう。
 ただし、今しがた3人増えたからだが。

「安心したろう? お仲間が増えたからなぁ。 はっはっは……」

 そう言う橋本の視線の先、一番奥の牢屋に由綺たちはいた。

「冬也くん……」
「はっはっは。 あの責任者とやらの通り、見張りが居なかったので簡単だったな。まあ、さすがに地下まではやつらも考えまい」
「とりあえず他のみんなは無事みたいね」

 理奈の言葉に由綺も美咲も無言でうなずく。
 しかし、やはりその表情から不安は消えなかったが。

「江戸では瓦版の記者にせまったら酷い目に合わされたが、今回こそは……くっくっく……あーんなことやこーんなことを……」

 一人だけ別のせかいにイッていた橋本であったが……

「橋本さま!」
「なんだ! 重要な用なんだろうな?」

 悦に浸っていたところを邪魔された橋本は、露骨に嫌な顔をし飛び込んできた手下をぎろりと睨み、『大した事でなかったら腹に一発だ』と威圧する。
 だが手下の返答は、そんな橋本に冷や汗をかかせるのに十二分であった。

「は……はい! 昼間の奴らが来やした!」
 
 

 ずさささ……
 悪党おきまりの『屋敷の庭で距離をとって包囲』をする手下たち。
 その包囲の真ん中、庭の中央に瑠璃子、祐介、拓也は立ち止まる。

「これはこれは、何のようかな?」

 既に地下室より出ており、いまは庭に面した廊下に立っている橋本が余裕と警戒を込めて言う。

「くすくす、娘たちを返して貰うよ」

 見た印象とは違い、意外と予測された返答に橋本は表情に更に余裕を溢れさせ言う。

「言いがかりは止してもらおうか。 第一、何のことを言っているかわからないしな」

 一応とはいえこの藩の重臣である橋本は、明らかに町民に見える瑠璃子一行を見くびる。
 

 その様なやりとりが庭で行われている頃。
 同刻、橋本邸玄関。
 そこより屋敷の中に入っていく男女数人。

「ほら、警備が手薄だろう?」
「英二さん、2人ものさせておいて良く言いますね」
「しかし、割合手薄であったことは否定できません」
「でもお姉ちゃん達はどこなんだろう?」
「美咲さん……」

 それは瑠璃子達が庭に橋本達を引き付けている間、正面より突入した冬弥達であった。
 そうして英二は、入ってすぐの部屋の掛け軸を見る。

「うーん、ここが怪しいな」
「これが? ただの掛け軸にしか見えませんけど」
「何故怪しいと思われるのですか?」
「ふむ。 勘……かな」

 と言いつつ掛け軸を下へ引っ張る。

 ぎぎぎぎぎぎ……

 と、部屋の畳の一枚がめくれあがる。

「ほら、な」
「「……………………」」

 誰もが何故とは追求しなかった。
 いや、あまりの事態にあきれていたのか。
 それともこの人はいつものことだ、と思ったか……
 そして畳の裏に現れたその階段を慎重に下る。

「……冬弥くん?」
「由綺?!」
「え? 本当に冬弥くんなの?」
「当たり前だろ」
「うん……そうだよね」
「え?冬弥くん!」
「あ、冬弥……くん……」
「理奈ちゃん、美咲さん。 待ってて、いま開けるから」
「うん」

「ふむ、感動の再開場面……ってところかな?」
「英二さん、この為に冬弥さんを連れてきたのでは?」
「ははっ、さてねぇ」
「……………………」

 英二はメガネを掛け直し、一言呟く。

「さあて、定番だけど悪党にはおしおきをしないとな」
 
 

 一方、屋敷の庭の瑠璃子達。

「この橋本の屋敷に無断で侵入したのだ、切り捨てられても文句はいえまい?」

 橋本の話は段々物騒になってきた。
 いや、既にその言葉が疑問形でなく確定形の響きを持っている。

「祐介ちゃん、あれを出そうか?」
「まだ痛めつけてないよ。 瑠璃子さん、早くない?」
「大丈夫だよ…………今45分になったから」
「そうか、じゃあ出さないとね」
「そうだな」

 わかる人にしかわからない会話を交わし、祐介は懐のものを取り出す。

 ばばーん!

「ひかえい、ひかえい! この紋様が目に入らないか!」

 それは漆塗りの印籠で、その中央に『はっぱの紋様』が描かれている。
 ちなみに三つ葉では無く、双葉である。

「ここにおわす御方を誰と心得る。始めての電波少女、見た狂門様なるぞ!」

 じゃじゃーんじゃんじゃんじゃじゃーん…じゃーん

「ははーっ」

 ひれ伏し土下座する橋本一同。このせかいでは『はっぱ』は絶対である。

「最果藩重臣 橋本助平。 娘たちを……」
「瑠璃子さん、ちょっと」
「なに? 祐介ちゃん」
「”助平”じゃなくて、”平助”なんだけど」
「うむ、娘達を攫うのだから確かに助平だろうが、名前は平助だな」
「………………」

 妙な雰囲気が場を覆う中、瑠璃子は一言答える。

「いけないいけない、間違えちゃったよ」

 その場にいた瑠璃子以外の全員が激しく脱力する中、瑠璃子は言い直す。

「最果藩重臣 橋本平助。 娘たちを拉致したんだよね。……帰してくれないかな?」
「ですから、なんのことやら私どもには見当もつきませぬ」

 満を持しての瑠璃子のセリフに、橋本は頭だけ起こして相変わらずとぼける。
 そのセリフを聞いた拓也はひとつため息をつき、確証を突き出す。

「藍原くん」
「はい」

 橋本の後ろ、屋敷の部屋の天井から声がし、影がふわりと降り立った。

 すとっ

 今度は着地成功。しかし……

「眼鏡、落としちゃった。眼鏡、眼鏡、眼鏡……」

 唖然とする一同をおいて、眼鏡をなんとか見付けた瑞穂は背後のふすまを開ける。
 そこには冬弥達と今まで連れ去られた娘たちがいた。 ただ英二だけはいなかったが。

「橋本! 由綺達をよくも攫ってくれたな!」
「これでもまだシラきるのかな? 平助ちゃん」
「くっ……おのれ、おのれぇっ!」

 後ろの冬弥達を見ていた橋本は、絶対の自信を粉砕され怒りの表情で瑠璃子達に振りかえる。
 そして憎憎しげに瑠璃子一行を睨み、一喝する。

「ええい、かまわん! 切れぃ! 切り捨てぃ!」

 その一喝で正気を得て懐の刃物を抜く手下たち。しかし、瑠璃子一行は変わらず余裕である。
 ただし、目には狂気の光が現れていたが。

「しょうがないね。祐介ちゃん、お兄ちゃん、こらしめちゃおっか?」
「そうだね…………壊そうか」
「だから、こういう奴らには情けなんテいらなイん、だゴみなんダかラ」

 ちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちり……
 ちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちり……
 ちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちり……

「「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ……」」

 合掌……
 
 

 その翌日、再び劇場前。
 英二たちは旅立つ瑠璃子一行を見送っていた。

「いやぁ、助かりましたよ」
「くすくす……別に構わないよ」
「そうそう、私たちはそのために旅しているんだし」
「沙織ちゃんは名産品とかも目的かもね」
「あーっ、ゆーくんひどーい」

 ひとしきりの笑いが収まったあと、祐介は英二に問う。

「所で英二さんは、皆が庭にいたときいませんでしたね」
「いや、迷ってたんだ。 広い屋敷だったからな」
「もう、緒方さんは」
「はっはっは、済まないな」
「いえ、別に気にしている訳ではないですから」
「それでは瑠璃子、そろそろ行こうか」
「そうだね」
「じゃぁね〜」

 そう言って瑠璃子一行は次の地へ旅立っていった。
 空は快晴、よくとどく日であった。
 

(終)
 
 

後書き

後日談 その1

「冬弥さん、ちょっとよろしいですか?」
「あ、弥生さん。 なんですか?」
「先の由綺さん達が連れ去られた時の話ですが」

 流石に弥生さんは遠慮が無い。
 まだ俺が気にしているのを察してか、他の誰も追及しないのに。

「あの連中を見かけたのですよね」
「ええ、庭から入ってきたところを見て……その直後に後頭部に衝撃が……」
「直後……ですか?」

 弥生さんは一寸だけ怪訝な表情をする。

「あの……」
「やはり緒方さんが……」
「え? 英二さんが?」
「いえ、なんでもありません。 失礼します」

 一体、英二さんが何をしたってんだああああっ?!
 
 

後日談 その2

「ゆーくん! これ見て」

 新しい町の宿での僕のまどろみは、部屋に駆け込んできた沙織ちゃんによって破られた。

「うん……どうしたの、沙織ちゃん?」
「これ! 町で貰ったの」

 そう言って差し出したのは、一枚のかわら版だ。

「それがどうかしたの?」
「いいから、読んでみて」

 どれどれ、見出しは……

『最果国 橋本平助以下10数名、一夜にして廃人となる』

「あ、これ僕らだね」
「そうなんだけど、そうじゃなくて、その裏」
「裏?」

 ひっくり返すと……

『白記帳一座、待望の新作』

(へぇ、緒方さん新しいの考えたのかな。それで内容は……)

 ある寺子屋。日常に退屈していた少年が出会う、不可思議な力を持った少女。
 その力は相手の脳に侵入し、命令したり苦痛を与えたりできる。その名を『毒電波』
 同じく不可思議な力を持つ少女の兄と力を得た少年との戦いの結末は……

 題名『雫』

 請うご期待の程を。

「ゆーくん、やっぱりこれってもしかして……」
「緒方さん……」(汗)
 

 そして某所。
 白記帳一座が現在出し物をしている劇場……

 『雫』は新しい出し物であることに加え、内容の奇抜さで非常に好調な興行を続けていた。
 それにより由綺と理奈の演技や歌が、更にその評価を高めることになるのも必然であろう。
 満員の客の入りと出るときの満足な顔を眺め、英二は煙草をふかしながら満足気な笑みを浮かべる。

「わかっている危険を侵すからには、それなりの利益のもくろみがある。ということさ」

(本当に終)
 
 
 
 
 

というわけで、いっつ『いいわけ』たーいむ!(←今回は開き直り(笑))

 実は、これって当初よりかなりのテキストがごっそり没になっているんです。
 理由はホワイトアルバムのキャラが動きすぎたってこと。

 いや、動くこと自体は良いのです。ただそれがものすごくシリアス。
 最初の方で由綺達が囲まれているシーンで冬弥が救い出したり、(始末はやはり瑠璃子たちです)
 そのせいで怪我をした冬弥を由綺が看病したり、それを美咲さんが見ていたり、などなど……
 ぜんぜんギャグに動いてくれない(泣) ただしはるかは例外。(爆)

 という訳で、ギャグベースの瑠璃子たちとは別の世界を作ってしまったので、泣く泣く削除しました。
 おかげでろくろく出番がないキャラが多いこと。(理奈、美咲、彰、マナ)
 シナリオ的には問題は無かったのですが……はう〜(泣)

 実はTHmenより作成始めたのは先だったりするし。(汗)

 しかし冬弥……受動的ですねぇ。
 しかし英二さん……何をやっているのやら。
 しかし弥生さん……どこまで知っているのやら。
 
 

キャスティングに対する苦情

「くすくす。私は特に無いと思うよ……」
「月島さん、僕とどっちが『カク』で『スケ』なんでしょうか?」
「うむ、永遠の謎だな」
「もしかして、あたし『うっか○八兵衛』なの? そんなの嫌っ!」
「私、目立たないですか? しくしく……」

 すまねぇぇぇぇ……芸の為に犠牲になってくれぇ(泣)
 

 ではでは。
 
 

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