朝の不覚 (贄 三章)
「耕一さん・・・」
千鶴さんが、やけにゆっくり俺を呼んだ。
俺は返事をしなかった。否、できなかった。
千鶴さんの放つ気が、何故か先刻の光を思い出させる。
「・・・時間を気にする必要はありません。あなたの中の鬼は・・・」
千鶴さんは刻み込むように言った。
「・・・毎朝、目覚めています(ぽっ)」
えっ?俺の鬼って・・・
いつ見たんだ、いつ?(耕一)
(贄 三章)
「わからない。俺には自分の鬼が目覚めた覚えがないんだ」
「・・・楓」
千鶴さんは楓ちゃんを呼んだ。
「あなたも知っているでしょう? 耕一さんの・・・鬼を」
こくり。頬を赤らめ声もなくうなずく楓ちゃん。
楓ちゃんもかい
バラ色の人生計画 (贄 四章)
「千鶴さん・・・!!」
「・・・俺には見えない」
「えっ・・・?」
千鶴さんが不思議そうな声を出し、こっちを覗き込んでいる。
つぶやきながら俺はゆっくりと顔を上げた。そして千鶴さんの瞳に語りかけた。
「千鶴さん・・・俺には千鶴さんの鬼さえも・・・感じることができない・・・」
千鶴さんは俺の言いたいことに気が付いたらしい。
みるみる表情がこわばってゆく。
「耕一さん! なんとしてでも鬼を目覚めさせないでください! 鬼の目覚めは私たち(私と耕一さんの)の未来を閉ざしてしまう。私は、私はそんなこと・・・」
<副音声>
『まずいわ。耕一さんの鬼が目覚めれば、私のこともわかってしまう。せっかくいままで猫かぶってきたのに、ここでばれたら耕一さんをお婿さんにしていっしょに仲良く鶴木屋をやっていく遠大な計画がおじゃんになってしまう。』
千鶴さんの悲痛な叫びが俺を打つ。
・・・けど、なんとなくよこしまな雰囲気を感じるのはなぜ?
風化は時間の問題 (贄 四章)
千鶴さんはしばらく黙っていた。
俺は目を上げて千鶴さんの顔をまっすぐに見た。
仮面の顔。白くて固くて、もろい仮面。
俺は千鶴さんに心の中でつぶやいた。
千鶴さん。それじゃ、鈴木その子だよ。
頭の中を覗くなって (贄 五章)
「・・・溺れかけたあたしを助けてくれた後・・・私の靴を取ってきて・・・その靴をあたしに差し出して・・・」
そこで梓は唇を噛んだ。
梓の頭が急に沈み、また泣き出したのかと俺は思った。
しかし、千鶴さんが気遣うように背中に回した手に頷いてあげた顔は、ぎりぎりのところで怒りをこらえていた。
「そこであんた・・・あたしに告白したんだよ・・・」
ええっ!!!
「そしたらいきなり苦しみだして昏倒して」
昏倒して・・・
「3日間、意識不明で寝込んで・・・」
意識不明・・・
「4日目に目覚めたら・・・、全部忘れてやがった!!!」
そんなにショックだったんだな、俺・・・
「ぬわんだってぇ!!!」