不在の日
くったくさん
だるい。
飯もろくに食わずに布団に潜り込んだのはまだ7時だった。
キリキリという腹の痛みに起こされ、そのままトイレに駆け込む。
トイレに入って一服すると今度は頭がガンガンしてきた。
オレの体はどうなってしまったのだろう。
布団に戻る途中で時計を見ると9時だった。
頭痛に引っ張られるように布団に倒れ込むと再び腹が叫び始める。
オレはまたトイレに走る。様式便器に座り込んで一安心するや否や
頭がガンガン鳴り始める。
このままでは駄目だ。それだけはわかる。
こんな時に来てくれそうな数人の女性の顔を思い浮かべる。
ギクシャクした歩き方で玄関に行く。こんな所を志保に見られたら、
「藤田浩之は早くもぎっくり腰」などという噂が蔓延するかもしれない。
そんな気楽なことを考えても一向に体は楽にならなかった。
オレは受話器を取り上げ、押し慣れた番号を辿った。
むー、今日はちょっちやばいかもね。
腕時計をちらっと見てあたしはラストスパートをかける。
だいたい、こんな丘の上に学校を建てるという時点で根本的な発想が
間違ってるわ。学校は街の一番低いところにすべからく建てるべきなのよ。
あたしが文部行政に疑問を投げかけてながら校門をくぐると、
前を走るおさげ髪が目に入る。
「ヤッホー、あっかりぃー」
あかりがペースを少し落として振り返る。
「おはよう志保」
ここまで来たらもう大丈夫かしら。周りの生徒の動作もゆっくりしているようだ。
あたし達はペースを少し落として並んで階段を登る。
「今朝はあかりも遅いのね。あれっ、そういえば甲斐性無しのダンナはどうしたの?」
この時間いつもあかりの隣にいるはずのヒロの姿が見えない。
「浩之ちゃんは今日はお休みなの。風邪ひいちゃったんだって・・」
あかりまでいつもの元気がない。
「あらぁあ。最近は風邪も不景気で客を選んでられないのね」
「志保ぉ」
あかりがとても悲しそうな顔をする。
ちょうど教室の前まで来た時にチャイムが鳴った。
あたしはあかりと別れ自分の教室に入る。
そっか、ヒロの奴は今日は休みか。
あとでPHSで宅配ニュースを届けてあげようかしらん。
「藤田は今日は風邪で休みだと親御さんから連絡があった。
皆も気を付けろよ」
そうか今日は藤田君休みか。私は主のいない机をちらっと見る。
朝、神岸さんが一人で飛び込んできた時アレっと思ったのだ。
藤田君には世話になったしちょっと見舞いにでも行こかな。
一人暮らしやから特に病気の時は寂しいかもしれへん。
アホくさい。親御さんから連絡がある、って事は誰か帰ったはるって
いうことやないか。そんな所に押しかけても迷惑なだけや。
そやね。後で電話だけかけとこ。
「えっ、今日は先輩お休みなんですか」
私の教室までわざわざ先輩の風邪を教えてくれたのは神岸先輩だ。
「そうなの。だから今日はクラブに行けないんだけど・・」
先輩がこない日は私もやる気がでない。
秋の大会に向けて一人でも頑張らなきゃいけないのだけれど。
「それで、あの、先輩の具合は・・」
私の問いかけに神岸先輩の顔も陰る。
「それが・・昨日の夜、お注射してから楽にはなったらしいんだけど・・」
そうか注射しなきゃいけないぐらいだったんだ。
「神岸先輩ありがとうございました」
藤田先輩にお大事にって伝えて下さい。
そう付け加えようと思ったがやめた。あとで自分で電話しよう。
私は結果を確かめる。悪くない。もう大丈夫だろう。
藤田さんは今日は学校にいない。
昨日の昼過ぎから藤田さんの健康を示すカードはどんどん悪いものに
変わっていった。
まず家から抜け出すことを考えた。次に電話をしようと思った。
でも占ったり迷ったりしてる間に時間が夜が更けていってしまった。
こんな時間だから・・セバスチャンが止めるだろう。
無理に押し通そうとしたら今度は彼に迷惑がかかる。
電話する代わりにはとてもならないが、せめて私は頻繁にカードを
繰り直し何度も何度も藤田さんの様子を確かめた。
日付が変わる頃になって少しづつ好転し、夜中に目が覚めた時の結果は
もう峠を越したことが明らかだった。
今部室で占ってみた結果によるともう安心だ。
家に帰ってからは電話もかけられない。せめて学校にいる間に電話
をしよう。昔綾香にもらったけど、使う機会のなかったテレホンカードが
ようやく役にたつ。
ピピピピピ。
俺は体温計を脇の下から取り出す。
「どう?」
母さんが手を止めてこちらを見る。
37.6℃
俺は体温計を見せた。
「まだまだ熱があるわね。寝てなさい」
昨晩からついさっきまで俺はほとんど寝ていた。
起きても御飯を食べて薬を飲むだけで、すぐまた寝た。
「体はだいぶ楽なんだけどな。マンガでも読みたい気分だ」
「まったく、昨日泣きながら電話をしてきたのは誰かしら」
「わたくしでございます」
母さんは俺の机にあるノートパソコンをたたんだ。
「なにか食べたいモノある?」
「スキヤキが食べたい」
「やっぱり病人はおかゆよね」
「ねえ昨日からおかゆしか食べてないんだけど・・せめて雑炊にして下さい」
「お・か・ゆ。慣れない敬語を使っても無駄よ。買い物に行ってくるわね」
そう言って椅子から立ちあがる。
俺の方をチラっと見て、どこか嬉しそうに微笑む。
「こういう時に母親に頼るようじゃまだまだね。まったく心配してくれる
女の子の一人もいないのかしら?」
「わたくしの不徳となすところです」
母さんが笑い出した。笑ったまま俺の部屋を出て行く。
俺はおとなしく布団をかぶる。ドア越しになお笑い声が聞こえる。
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