時は平安の昔。
太政大臣・平浩盛を補佐して平氏の全盛期を築き上げた男がいた。
その男こそ、刑部卿「平耕時(やすとき)」。
人は悪くないが、どうしようもない浮気性で、本妻の他、あちこちに女を囲ってこの世の春を謳歌している。彼は「祖父似」なのだ…いろいろな意味で(笑)。
その耕時が最近特に入れ込んでいるのが、セリオ・マルチという姉妹の遊び女である。
(セリオさん、痕バージョンなのに、どうしてまた私たちが出るんですかぁ?)
(――それは複雑な大人の事情というものです。)
(大人の事情、ですかぁ?)
(――要するに、作者がメカフェチのロ◯コンだからです。)
(? 何のことですかぁ?)
ゴホン!!
どうやら浩盛邸から追われた二人を耕時が拾ったらしい。
……詳細は不明だが。
例によって、このふたりに骨抜きにされた耕時は、彼女たちを自邸に引き取って住まわせている。
やっぱり、本妻にとっては面白くない状況で……
「耕一! どこにいる!?」
もともとつり目がちなのをさらにつり上げて、広い邸内を捜し回る本妻の「梓の局」。
「…あ、千鶴姉。じゃなかった、女房の千鶴! 耕時殿を見かけなかったか?」
「何で私が梓に仕える女房の役なのよ……」
ぶつぶつ
「こら! ちゃんと答えろ!」
ここぞとばかり居丈高に怒鳴る梓の局。
「(あ、後で覚えてらっしゃい)い、いえ…… 存じませんが」
にっこり(偽善者的作り笑い)
「ちっ、相変わらず役に立たないやつだな。 ドジでのろまな亀女房め」
ぶちっ
「あ・ず・さ・ちゃ・ん?」
「ひっ!? ち、千鶴姉、落ち着け!」
顔面蒼白になる梓の局。
そこへまたもやおりよく通りかかる別の女房。
「…あ、初音! いいところへ!耕時殿がどこにおいでか知ってるか?」
もうひとりの女房、初音に話を振る。
どうやら難を避けることに成功したようだ。
「え? 耕一お兄ちゃん?じゃなかった、耕時様でしたら、 先ほどセリオ様、マルチ様とご一緒にお出かけになりました」
「出かけた? どこへ?」
「何でも、
『家にいるとショートヘアのつり目女がうるさくてしょうがないので、 気晴らしに外へ出て、ついでに人目もはばからず、ふたりの遊び女といちゃついて来るから、後よろしく頼むぜベイベー!』
…だそうです」
「…………」
初音、キノコか何か食べなかったか…?
そんなある日のこと。
耕時がいつものように、セリオとマルチを相手にオヤジギャグを飛ばしていると、
「耕一お兄ちゃん…じゃなくて、耕時様。 どうしても耕時様にお会いしたいという方がいらしてますが?」
女房の初音がそう取り次いできた。
「客? 男か?」
セリオの膝枕で耳掃除をしてもらうなんて考えただけで全国8000万人のセリオファンが悶絶しそうな至福の境地に浸りながら、耕時が尋ねる。
「いいえ、女の方です」
「女?」
セリオの膝から耕時の頭がかすかに持ち上がる。
「若い女?」
「はい。16、7歳かと見受けましたが」
耕時はさらに身を起こした。
「ほう… もしかして、美人か?」
「ええ。それはもう、とびっきり」
それを聞いた耕時はがばっと起き上がり…… たいのを何とか我慢して、わざとゆるゆると体を持ち上げてみせた。
「まあ、わざわざ出向いて来たんだ。用件だけでも聞いてやるとするか」
もちろん、主人の性格を熟知している初音の目をごまかすことはできなかったが。
「かしこまりました」
初音はちょっと苦笑しながら出て行くと、程なく件の「客」を連れて戻って来た。
「…………」
耕時は思わず息を飲んだ。
…美しい少女だ。
人形のように端正な顔立ち。ややつり目がちの澄んだ瞳。肩のあたりで切りそろえた黒髪。無表情な中に、どことなく憂いを含んだ様子…
「き、君。名前は?」
声が上ずってるぞ。
「はい。…かえで御前と申します」
「かえで御前、ね… それで俺に…いや、私に何か用か?」
「はい。…実は私、こう見えても遊び女の端くれでございます。 耕時様におかれましては、 およそ都中の遊び女という遊び女をお召しになったことがあり、 ひとりひとりのほくろの数や位置までもご存じと、もっぱらの評判ですが…」
「おいおい…(汗)」
いくら何でもそこまでではないとひきつる耕時。
もっともセリオとマルチは「さもありなん」と頷いているが。
「私は新参者のせいか、まだ耕時様にお目にかかったことがありません。 これではとても一人前の遊び女とは認めてもらえないでしょう。 そう思って、せめて歌の一ふし、舞の一さしなりとも御前にてご披露させていただければと……
厚かましいお願いとは存じますが、何とぞお聞き入れくださいませ」
「…………」
耕時は困惑気味の表情を浮かべる。
セリオのいる前で、ほかの遊び女の歌を所望するなんて、いくら何でもそんなことはできない。
「――よろしいのではないですか? せっかくお越しになったんですから、歌の一曲ぐらい聞いて差し上げても」
「セリオ? いいのか?」
「――はい。私は構いません」
例によって淡々としているセリオ。
その表情からは何も読みとれないが、なにやら「自分よりは上手くなかろう」という自信らしきものが見え隠れする。
「マルチはどうだ?」
「はい、かえで御前さんの歌、聞きたいですぅ」
こちらも相変わらず、にこにこしている。
「そ、それじゃ、一曲だけ、聞かせてもらうとしようか?」
「ありがとうございます。……何かリクエストはありますか?」
「いや、別に。 何でもいいから、明るくて楽しい感じの曲を頼む。」
「かしこまりました。」
かえで御前は立ち上がると、片手にマイクを持って歌い始めた。
……今更だけど、もちっと時代背景というモンを考慮てくれよ……
「♪まずーしさにぃー まけたーーー…」
「「「「メッチャ暗いやんけ!」」」」
耕時のみならず、セリオ、マルチ、隅に控えていた初音さえもがお約束通りの突っ込みを入れた。
「ごめんなさい… まだこれしか歌えないんです」
「それじゃ、リクエストの意味がないだろうが!?」
耕時が思わず声を荒らげると、
「…………」
かえで御前の目がじわりと潤む…
「あ、あの、それじゃ今度は舞を見せてもらおうかな?」
泣かれては困るとばかり、焦り気味に頼む耕時。
「は、はい。どのような舞をご所望ですか? 」
気を取り直して問いかけるかえで御前。
「そうだな…… いや、何でもいい。」
どうせまたリクエストの甲斐がないだろうと、先読みした返事だ。
間違った読みではないだろう。
「それでは」
かえで御前はゆるゆると舞い始めた……
……って、何か変わった舞である。
着物を脱ぐような仕草をして(実際に脱いでるわけではない)。
どことなくうつろな目でこちらを見て。
誰か、寝ている人の側に近づくような素振りをして……
「ちょっと待った!!」
何となく危険な既視感にとらわれた耕時は、舞を中断させた。
「それは何という舞だ? 今まで見たことがないぞ」
「はい。『貧乳長女月夜の押しかけ』という舞です」
「…………」
なぜか耕時の額につーっと一筋汗が流れた。
「え、えーと、ほかにレパートリーはないのか?」
「ございます。『つる◯た三女ふき◯きの快楽』とか……」
「ほ、ほかには?」
さらに動揺する耕時。
「『ロリ末娘禁断の洞窟』とか」
「ううう……」
淡々と告げる楓御前。
しかし、両眼に怪しい光が宿っているのは気のせいだろうか……
「あとは…『鬼畜!巨乳次女緊縛調教!』」
「それって舞というよりも◯◯のタイトルじゃ?」
ごもっとも。
「これは毎日血の滲むような稽古をして、やっと覚えたんです」
「どんな稽古だ、どんな?」
「だって私、胸がありませんから…… 巨乳の感じがなかなかつかめなくて」
「素で返さなくてもいい!と、ところで、その舞を今まで人前で舞ったことはあるのか?」
「いえ、今日が初体験です。 耕時様に、私の『初めて』になっていただこうと」
「こらこら、また誤解を招くようなことを……」
耕時は必死に考えた。
なぜだかよくわからないが、この舞をあちこちで披露されては大変困ったことになるような気がする。
それを防ぐにはどうすればよいか……
「かえで御前とやら、この屋敷に住む気はないか?」
短絡思考の典型だ。
「え? でも」
かえで御前は突然の申し出に驚いたり恥じらったり、実は結構喜んだりしているが、同時にセリオやマルチへの遠慮もあって、困惑の面持ちだ。
「いやいや、歌も舞もなかなか大したものだ。 体型も気に入った……げほんげほん、と、ともかく、是非この家専属で契約してほしいのだが?」
かえで御前がよそで芸を披露するのを阻止しようと、耕時は懸命にスカウトしている。……と。
すっ
セリオが無言で立ち上がった。
マルチを促して、部屋を出て行こうとする。
「セリオ? どうした?」
「――はい。今日限りでおいとまをと思いまして」
「な、何だって!? どうして急に?」
「セリオさん、もし私がここに住むのがご迷惑でしたら……」
かえで御前が申し訳なさそうに切り出すと、
「――いえ、かえで御前さんがこちらにおいでになるのは、一向構いません」
「だったらなぜ?」
耕時が畳みかける。
セリオはしばらく黙っていたが、おもむろに口を開いた。
「――耕時様は先ほど、かえで御前さんの歌と舞をおほめになりました」
「うん?」
「――『あんなしょうもない』芸で『安易に』お喜びになるようなお方の側で、 これ以上お仕えするのが耐えられないのです」
「…………」
「…………」
耕時とかえで御前の頭のあたりに、大きな玉の汗が浮かぶ。
……セリオって、結構プライドが高い?
「――それではこれにて。マルチさん、行きましょう」
「あ、はい。……ご主人様、いろいろお世話になりましたぁ」
マルチは笑顔で挨拶して、セリオの後に従う。
……ふたりとも浩盛邸で経験済みのせいか、いとも簡単に出て行ってしまった。
耕時は唖然として、その後ろ姿を見送るのみであった。
「セリオさん、私たちって家を出てばっかりですねぇ?」
「――これでいいのです。 屋敷を『追い出された』かわいそうな私たちに同情票が集まることは必定です。 うまくすると、今度の参院選に出られるかも知れません。」
……やっぱり悲壮感とは無縁のふたりであった。
「かえで御前。何をしている?」
ぎくっ
頭に被り物をしたかえで御前は、思わず振り向いた。
深夜。ひそかに耕時の屋敷を抜け出そうとしたのを見とがめられたのだ。
「耕一さん…… じゃない、耕時様」
「こんな時間におなごがひとりで外に出たら、危ないではないか?」
「……止めないでください」
「まさか、この家を出て行くつもりでは?」
「…………」
こくん
「どうして!? 何か私に不満でも……!?」
ふるふる
「こないだセリオさんたちが出て行かれるのを見て、つくづく考えさせられたんです。……殿方とは浮気なもの、いずれ私も愛想をつかされて、 捨てられる時が来るに違いないと…… ですからいっそ、私もセリオさんたちと一緒に尼になろうと」
「何だって!?」
耕時は、かえで御前の被り物に目をやった。
まさかもう、剃髪して「尼」になってしまった後では?
「きゃっ!? 何をするんですか?」
かえで御前の被り物を奪い取った耕時は、そこに……
いつもと変わらぬ、艶やかな黒髪を見い出した。
「な、何だ… てっきり丸坊主にしてしまったのかと思った」
「え? あ、耕一さん、ご存じないですか?」
「なにを?」
「この時代の女性は例外なく長髪だったので、 尼になる時は、肩のあたりで切りそろえるだけで十分だったんです。 ですから、私の場合は元のままでいいんです」
「じゃ、どうしてわざわざ被り物なんか?」
「外出する時の被り物は、この時代の女性として当然です」
「妙なところだけまともな時代考証しないでくれよ……」
「ともかく、止めないでください」
そう言って出て行こうとするかえで御前。
「馬鹿! 俺が楓ちゃんを捨てたりするものか! 出て行くなんて言わないで、いつまでも俺の側にいてくれ。 お願いだよ」
耕時はかえで御前を抱き締めた。
「耕一さん……」
かえで御前は頬を染めながらも、幸せそうな表情を浮かべる。
……どうでもいいけど君たち、演技を忘れてるよ。
「……ふたりとも。こんな時間に何やってんだ?」
ぎょっ
「……あ、梓!?」
「どうも姿が見えないと思ったら、こんな所でいちゃついてたのか?」
梓の局は不敵な笑いを浮かべつつ、ばきばきと指を鳴らす。
「か、勘違いするな!かえで御前と、新作の舞の相談をしてただけだ!」
「舞だとぉ?」
「そうとも! ……かえで御前、論より証拠、見せてやりなさい」
「え?」
「(ぼそぼそ)ほら、例の『鬼畜……』!!」
「あ? は、はい、わかりました」
かえで御前は早速その場で舞い始め……
なぜかそれを見ていた梓の局は真っ赤な顔で俯いてしまい、とてもかえで御前たちの仲を追及するどころではなかったという。