りいふ本・平家物語 DOMさん
 

 祇園精舎の鐘の声
 諸行無常の響きあり……

 ゴンッ

「……あまり風情のある音じゃねーな。」

 とある夕暮れ時、自邸で鐘の音を聞いていた浩之…いや、浩盛(ひろもり)は呟いた。

「あうう…… 痛いですぅ」

 その傍らに、額を押さえながら近づく涙目の少女。

「何だ、マルチ? また転んだのか?」
「はい…… その拍子に、思いきり柱に頭をぶつけたんですぅ」
「じゃ、さっきの音は……」

 マルチがぶつかった音か…… 道理で、何だか鈍い響きだと思った。
 では、気を取り直して、もう一度最初からやり直すとしよう。

 祇園精舎の鐘の声……

 キーン コーン カーン コーン……

「やばい! 遅刻だ!……って待て、ちょっと待て!!」

 思わず腰を浮かして駆け出しそうになった浩盛は、かろうじて踏みとどまりながら、いつの間にかマルチの隣に座っていた、もうひとりの少女に非難の目を向ける。

「セリオ! 何て音を出すんだ!?」
「――お気に召しませんでしたか?」

 相手はまったく動じた様子もなく、湯飲みを手にして悠々とお茶を啜っていたりする。
 …わざとだな。絶対わざとだ。

「当たり前だ! 大体、寺の鐘がそんな音で鳴るか?」
「――せっかくですから、きれいな音の方がよろしいかと」
「よろしくない!……いいか、『平家物語』ってのは、 繁栄の絶頂にあった一族が一転して没落、滅んでいくという この世のはかなさを歌い上げた話なんだ。その出だしが『祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり』って名文句なんだよ。だから、風情のあるちゃんとした鐘の音を聞かせてくれないとだなぁ……」
「『ぎおんしょーじゃ』って何のことですかぁ?」

 マルチが素朴な質問を差し挟む。

「え? えーと、それはだな…… つまり、その、 祇園のしょうじゃだよ」

 実は言ってる本人も意味がよくわかっていないらしい。

「祇園の『掃除屋』さんですかぁ?そんな人を頼まなくても、お掃除ならマルチが得意ですぅ」

 そして、さらに見当違いな方向へとそれていくマルチ。

「――昔天竺にあったお寺の名前です」

 セリオが簡潔な説明で話を戻す。

「そ、そう! 俺が言いたかったのはそういうことなんだよ!」

 慌てて便乗する。

「ふーん、そうなんですかぁ?それじゃ、『しょぎょーむじょー』というのはどういう意味でしょう?」
「それは……、だな、ええと……」

 言葉を濁しながらセリオの発言を待っている浩盛、

「――それは仏教から来た言葉です」
「そう! その通り!」

 すかさず相づちを打ったりする。

「――『諸行』とは、人間のさまざまな営みのことです」
「うんうん、セリオ、よく知ってるじゃないか?」
「――『無常』は、『無情』に通じる言葉で、一言で言うと『情けを持たない』『つれない』ということです」
「まあ、わかりやすく言うと、そういうことかな?」

 したり顔にうなずく浩盛。

「――従って、『諸行無常』とは、 人のすることはつれないことばかりなので、あてにしているとひどい目に会う、 という意味なのです」
「そうそう…… ん?」

 何か……、変だな。

「――これとよく似た言葉に『ああ無情』というのがありまして、」
「そう、なのか?」
「――もちろん冗談です」
「…………」
「――要するに、この世のものはすべて移ろいやすく、はかないものだということです」
「へー、セリオさんって何でもご存じなんですねぇ」

 素直に感心するマルチ。
 一方、うまくはめられた浩盛は苦い顔をしている。

「……と、ともかくだな。その諸行無常の響きがないと、この話は始まらないんだから」
「――承知しました。 それでは、そのような響きを出せるよう努力します」
「頼んだぞ。それじゃもう一度初めから……」

 祇園精舎の鐘の声……

 ♪ショギョームジョオオオオ……

 美しく澄んだソプラノが夕空に響き渡り、何ともいい気分……
 って、おい! 歌ってどうする!?
 
 

 時は平安の昔。
 武家でありながら朝廷の要職を一門で独占した平氏の全盛期である。
 その平氏の頂点に立つ人物こそ、太政大臣の「平浩盛」。
 権力者にしては気さくで世話好きな男で、困っている人を見ると、つい「しょーがねーなー」などと言いながら助けてやろうとする。…相手が可愛い女の子だったりすると、特にその傾向が強い。
 というわけで、いつの間にか浩盛の「世話」を受けて生活する女性たちが都のあちこちに点在するようになった。…もちろん、自宅にはちゃんと本妻がいるにも関わらず、である。

 浩盛が最近特に入れ込んでいるのが、セリオ・マルチという姉妹の遊び女だ。
 姉のセリオは容姿も美しく、天女のように優雅に舞い、歌声も先ほど披露したごとく洗練されている。彼女の美声と舞姿に接した者は、たちまちその場で「セリオファン」に改造されてしまうほどだ。最近ではCDも売り出されて、ますます人気上昇中とか。
 他方、妹のマルチは話し方も舌っ足らず、歌も幼稚園児なみ、舞を舞わせれば転んで涙ぐみ、とりえと言えば掃除好きぐらいという何ともドジな娘だが、そのボケボケぶりとろりぃな体型が世の好き者の心をそそるらしく、姉に負けないくらい多くの「マルチ信者」を抱えている。

 位人臣を極めた浩盛も、このふたりにはすっかり骨抜きにされてしまい、ほかの愛人と違ってわざわざ自邸に住まわせているほどだ。
 当然、本妻にとっては面白くない状況で……

「ヒロ! どこにいるの!?」

 今日も今日とて、イライラした様子で、広い邸内をあちこち捜し回る本妻は…(意外や意外)「志保の局」。

「意外とは何よ!? 東鳩のスーパーアイドル志保ちゃんがヒロインを務めるのは当たり前でしょ!!」

 ナレーターにまで噛みつくくらい不機嫌な局の前に、ひとりの少女が現れた。

「……あ、あかり、じゃなかった、女房の『犬の前』!浩盛殿を見かけなかった?」
「…何で志保が浩之ちゃんと? ただの『通過点』だって言ってたくせに…… それに、いくら私が犬チックだからって、『犬の前』だなんて……」
 「こら! ちゃんと答えなさい!」

 びくっ

「い、いえ、存じませんが……」

 局の剣幕に怯えた表情を浮かべる犬の前。

「ちょっとー、何よ、その顔? それじゃまるで、あたしがあんたのこと虐めてるみたいじゃない?」

 睨みつける志保の局。
 当然、犬の前の怯えは増すばかりだ。

「大体あんた、PS版やTV版のおかげでますます人気が上がったからって、ちょっといい気になり過ぎてやしない? それもこれも、あたしの補佐があったればこそ……」

 犬の前は今にも泣き出しそうな顔をしている。
 そこへおりよく通りかかる別の女房

「…あ、琴音さん! 浩盛様がどこにおいでか、知りません?」

 同僚にすがりつくように尋ねる犬の前。

「え? 藤田さんですか?じゃなかった、浩盛様でしたら、 先ほどセリオ様、マルチ様とご一緒に寝間の方へ…」
「寝間? こんな真っ昼間に? 三人で?」

 怪訝そうな志保の局。

「はい。何でも『すりーぴー』とか言っておいででしたが。」
「す…3Pですって!?」

 局の顔はみるみる真っ赤に染まった。

「あの甲斐性なしぃぃぃ! そこまでメカフェチ度が進んでいたとは知らなかったわ!」
 
 

「むにゃむにゃ…眠いですぅ。」

 敷物の上に横たえられたマルチが呟く。
 とろんとした目で、指なんか吸ったりしている。
 
「やれやれ。マルチはまったくお子様だな。 遊んでる最中に急に眠くなるなんて。」

 浩盛が半ば呆れ気味に言う。

「――マルチさんは私に比べてバッテリーの容量が少ないので、 節電のため頻繁にスリープモードに移行する必要があるのです。」

 セリオはそう説明しながら、sleepyなマルチを寝かしつけるのだった……
 
 

 そんなある日のこと。
 浩盛がいつものように、セリオの美声に聞き惚れたり、マルチのボケた受け答えに苦笑したりしていると、

「藤田先輩…じゃなくて、浩盛様。 どうしても浩盛様にお会いしたいという方がいらしてますが?」

 女房の葵がそう取り次いできた。

「お客? 今日は誰とも会いたくねーんだけど」

 セリオの膝枕なんて不届き至極かつ羨ましいことこの上ない快楽を貪りながら、浩盛はめんどくさそうに答える。

「でも、是非とも助けていただきたいとかで」
「助けてほしい?」

 セリオの膝から浩盛の頭がかすかに持ち上がる。

「どういうことだ?」
「詳しいことは聞いてませんけど」

 浩盛はさらに身を起こした。

「まさか、若くて美人ってことはないよな?」
「いえ、それが、とてもおきれいな方です。 あんな美しい人は、都でもちょっとお目にかかれないのでは……」

 浩盛は完全に起き上がると、

「まったくしょーがねーなー わーったよ、会うだけ会ってやる」

 いかにも気のなさそうな態度だが、美人と聞いて心動かされたことが、葵には見て取れた。

「かしこまりました……」

 葵はちょっと複雑な表情を浮かべつつ出て行くと、程なく件の「客」を連れて戻って来た。

「…………」

 浩盛は思わず息を飲んだ。
 美しい少女だ。
 流れる黒髪。黒く濡れた瞳。抜けるように白くきめ細やかな肌。
 体のパーツの一つ一つがスペシャルオーダーの品かと思われるような、整った容姿……

「えーと、一応名前を聞こうか?」

 見た目は余裕たっぷりだが、実はかなり動揺している。

「…………」
「え? せりか御前と申します?先輩、相変わらず声小さいね」
「…………」
「すみません? いや、別に謝らなくても…… それより、さっさと話を進めよーぜ。俺に助けてほしいとか言ってたそうだけど?」

 こくこく

「…………」
「え? 私はもともとれっきとした公家の娘ですが、 父親がふとしたことから罪に触れて官位を剥奪され、 生計(たつき)の道を失ってしまいました?」

 こくこく

「その後両親が相次いで病死、後に残されたたったひとりの妹を養うため、 やむなく私が遊び女をして収入を得ることに? ううっ、お嬢様が一転して遊女だなんて、気の毒に……」

 浩盛が思わず涙ぐむと、

 すっ……

 せりか御前がおもむろに片手を伸ばした。

 なでなで

「…………」
「泣かないでください? あなたに泣かれると私まで辛くなります? くく、先輩は優しいなあ……」

 いつの間にか、慰める側と慰められる側が逆転している。

「……って、違うだろ!? 今回は、俺が先輩を助ける役なんだからさ。んで、要するに、生活に困ってるんで俺の『世話』になりたいってわけ?」

 顔赤いぞ、浩之、いや浩盛。

 ふるふる

「…………」
「え? 違う?」

 心なしかがっかりしているようだ。

「…………」
「今まで芸をしたことがないので、遊び女になってはみたものの、 何をどうすればいいのかよくわからない? おかげでさっぱり客もつかない…って?」

 こくこく

「で、俺にどうしろと?」
「…………」
「ここで芸を披露させてほしい? 『遊び人のヒロ』と巷で噂の浩盛様の邸宅で芸をしたと言えば、きっと評判になって仕事もうまくいくと思う?……俺、そんな遊び人かなあ?」

 こくこくこくこく……

 せりか御前だけでなく、セリオ、マルチ、部屋の隅で控えていた葵までも一斉にうなずいた。

「…………ま、まあ、そういうことなら、願いを聞いてやってもいーぜ」

 答えるのに間があったところを見ると少し傷ついたらしい。

「…………」

 ありがとうございます、とせりか御前は立ち上がると…

「おいおい、一応設定は平安時代なんだから、 魔女の帽子とマントってのはちょっと……」
「…………」
「え? これをつけないと芸ができない? それじゃ、まあいいけど…」

 魔女っ娘ルックのせりか御前がおもむろに開いた口から、小さいが美しい歌声が静かに流れ出す。

「Sr………Ml………Hr………」

 それとともに、部屋の空気がみるみる重く暗くなり、床や壁が少しずつ揺れ出して……

「って、ストップ、ストーップ!! それは歌じゃない、呪文じゃねーか!?」
「…………」
「え? ちゃんとした歌は知りませんので? それでよく、遊び女になろうなんて……」

 浩盛が不用意に漏らした言葉に、せりか御前がじわりと涙ぐむ。

「ああ、ごめん、ごめん! 俺が悪かったよ!そ、それじゃ、舞の方を見せてもらおうか?」

 女の涙に弱い男なのだ。

「…………」

 かしこまりました…

 だが、せりか御前は動かない。
 いや、よく見ると、両手の指を使って、何か印(いん)のようなものを結んでいる。

「ま、まさか!?」

 浩盛が焦り気味の声を出したその時。

 ガタガタガタガタ…

 部屋中のアイテムが宙を「舞い」始めた。
 テーブル、ソファ、テレビ、リモコン、トースター……(平安時代だってば)

「あわわ、体が浮かびますぅ。」

 ついにはマルチまで…

「やめれ、やめれーっ!!」

 浩盛が必死に叫び続けていると、ようやくポルターガイスト現象は終わりを告げ、品々が音を立てて床に落ちた。
 どうでもいいが、ちゃんと元あった場所に戻すことはできないのか?

「はうう、 目が回りましたぁ。」

 両目をぐるぐる渦巻きにしたマルチがセリオの介抱を受けているのをしり目に、浩盛はせりか御前に迫った。

「一体どういうつもりだよ!?え?自分で舞えないので、他の物に舞ってもらった?」

 こくこく
 
「なあ、 悪いことは言わないから、遊び女なんてやめとけよ。 第一、似合わねーぜ?」

 一気に脱力した浩盛は、親身になって諭した。

「…………」

 でも、それでは妹を養うことができません…

「わーった、わーった。 あんたも妹も、俺がこの家に引き取って面倒見てやるよ。 それでいいだろ?」
「…………」

 よろしいのですか?

「おう、任しとけ」
「…………」

 ありがとうございます

 せりか御前の目が再び潤む。
 もちろん、今度は嬉し涙だ。

「なあに、これくらいどうってことないぜ」

 実際、これほどの美女と一つ屋根の下に住めるということは、浩盛にとっても喜ばしいことである。

「…………」

 それでは、早速妹を呼びたいと思いますので

「ん? ああ、いいとも。 どこにいるんだ? すぐ使いを出して…」
「…………」

 それには及びません。

 そう言うと、せりか御前はおもむろに、

 ぽんぽん

 と手を叩いた。

「へ?手を叩いてどうするのさ?」

 タッタッタッタッ…
 ガラッ!

 軽やかな足音が近づいて来たかと思うと、いきなり部屋の扉が開いて、せりか御前にそっくりの美少女が現れた。もっともこちらはせりか御前と違い、偉く闊達な印象を受ける。

「ちょっと姉さん! いつまで待たせるのよ!? てっきり『遊び人のヒロ』に奥の間に連れ込まれて、
 あんなことやこんなことされてんじゃないかと、気が気じゃ…… あら、どうしたの?」

 最後の言葉は、床に突っ伏した浩盛に向けられた言葉だ。

「何が『どうしたの?』だ!? 手を叩いただけで現れるなんて、おまえは池の鯉かっつーの!」
「姉さんの首尾はどうかと、屋敷の前でやきもきしながら耳を澄ませてたんだから、 音が聞こえても不思議はないでしょ?」
「そんな無茶な……」
「そもそも浩之の家なんだから、ちょっと大声出せば簡単に外まで届くし」
「現実とごっちゃにするな!!それに、いくら何でも、うちはそこまで狭くはないぞ!」
「でも、毎朝あかりが外から声をかけて、あんたを起こしてるそうじゃない?」
「……もういい」

 浩盛はげんなりした顔で話を先に進める。

「大体、取り次ぎもなしにどうやって入って来たんだ? 警護の侍もいたはずなのに」
「え? ああ、そう言えば、 途中であたしを引き止めようとしたやつが何人かいたみたいだけど、 こっちは気がせいてたから、皆振り払って来たわ」
「振り払って…?」

 その時、またひとりあたふたと部屋に人が駆け込んで来た。

「ひ、浩之ちゃん、大変だよ! 庭にいたお侍さんがみんな、白目を剥いて倒れてるの!
 食中毒かなあ? 私、ごはんに古い材料使った覚えはないんだけど。 もしかして、志保がつくった『差し入れ』でも食べて」
「あ、あかり、浩之じゃねえ、『浩盛』だって」
「え? あ、そうだったね。 浩盛様、申し上げます。 警護の武者全員、庭で気を失っているのが見つかりました」

 改めて報告し直す犬の前。

「あれだけの人数を…ひとりでやっつけたのか? それも素手で?」

 浩盛が冷や汗を浮かべる。
 わかっていたとは言え、その実力を改めて見せつけられるとさすがに恐ろしい。

「人の邪魔するからよ。それより、さっきから大分行が進んでるのに、あたしの紹介はなし?」
「改めて紹介するまでもなく、読者の皆さんもわかってるって」

 その時。
 唐突に流れ出すBGM:「お嬢様はエレガント」。

「あん? どうして急に音楽が?」

 訝しがる浩盛の目の前に、今度は撫子の花の咲き乱れるCGがダウンロードされる。
 ……どうやら「大和撫子」を強調したいらしい。
 そのCGをバックに、うやうやしく頭を下げる謎の(笑)美少女。

「浩盛様、このたびは姉ともどもお救いいただき、誠にありがとうございます。 あやか御前と申します。ふつつか者ですが、どうぞよろしく」

 そして消える音楽とバックのCG。

「……」
「…………」
「………………」
「……つまり、無理矢理紹介の場面をつくったってわけか。 しかし、綾香が三つ指ついてしおらしい挨拶とは、意外だなぁ。 そうやって見ると、結構女らしくて可愛いじゃねーか? いつもその調子でやってれば、もっと人気が出るかも知れないぜ?」
「ちょっと、聞き捨てならないわね? こう見えても、あたしは姉さんの次に人気あるのよ。 それに、少なくとも浩之よりは礼儀作法を心得ているつもりだけど?」
「だから、現実に帰るなっての。とにかく、これから一緒に住むんだ。よろしく頼まあ。 それじゃ、改めてセリオたちにも紹介……」

 その二人が影も形も見えない。

「あれ? いない?葵(呼び捨てにすると何か照れるなあ)、セリオとマルチを知らないか?」
「ええと… お二人とも、この屋敷を出て行かれました。」

 困惑した顔の葵。

「出て行った!? ど、どうして!?」
「何でも、 
『せりか御前やあやか御前と同居なんて、体がいくつあっても持ちません。 今日限りお暇をいただきますので、浩盛様によろしく。』
 …だそうです。」
「何てことだ…」

 あまりのことに呆然とする浩盛。

「あら、セリオったら。 せっかく相手をしてもらえると楽しみにしてたのに…… まあいいわ。まだ葵もいることだし」

 あやか御前の言葉に、葵は、

「お、お手柔らかに…」

 緊張しまくっていた。

 ……どうでもいいが、ちょっと態度がでか過ぎないか、あやか御前?
 
 

「セリオさん、これからどうするんですかぁ?」

「――とりあえず、山へ向かいましょう。 物語によると、屋敷を『追い出された』姉妹は、 『世をはかなんで』尼になり、山中で侘びしい草庵住まいをするはずですから」
「わかりましたぁ。どこの山にしましょうかぁ?」
「――景色のいい所を選びたいですね。 今まで働き詰めでしたから、 できれば温泉などに入って、しばらく骨休めをしたいです」

 全然「世をはかなんだ」風などないふたりであった。
 
 

「「きゃははははは!」」

 夜の浩盛邸。
 ふたり分の高笑いが響き渡る。

「あんた、ただのタカビーかと思ったら、結構庶民的で面白いじゃん! 気に入ったわ! 今夜は大いに飲みましょう!」

 すでに何本もの瓶子(「へいし」、酒の入れ物)を傾けて真っ赤な顔をした志保の局は、上機嫌であやか御前に盃を差し出した。

「あんたこそ、なかなか話せるじゃない? いいわよ、とことんつき合ってあげる」

 同じように出来上がっているあやか御前はそう言って、大盃になみなみと注がれた酒を一息に飲み干した。

「いい飲みっぷり! もう一献いこう、もう一献!……ちょっと、犬の前!何ぼんやりしてんの、酒が足りないわよ!どんどん持ってらっしゃい!……まったくぅ、料理以外は何のとりえもないんだから。」
「うう、 志保ったらひどい……」

 涙目で酒を運んで来る犬の前。
 志保の局は早速酒に手を出そうとしたが、したたかに酔っているせいか、うっかり着物の袖を瓶子の口に当ててひっくり返してしまった。

「あらら、瓶子が倒れちゃったー 瓶子が倒れた、『平氏』が倒れた、なんてねー きゃははははは!」
「おいおい…… 仮にも平氏の第一人者の妻が言うことか? 縁起でもねえ。」

 浩盛が苦い顔をする。

「あら、浩盛って結構かつぎ屋なのね? 知らなかった…」
「あやか御前! 居候のくせに、主人を呼び捨てとはどういう了見だ!?」
「まあまあヒロ、固いことは言いっこなし。 今夜は無礼講よ、無礼講!……あやか御前、あたしとデュエットしない?」

 いつの間にかカラオケ(だから平安時代……)のセットアップを終えた志保の局が誘う、

「いいわね! 曲は何にする?」
「もち! "Brand New Heart"!」
「乗った!」

 やがてにぎやかな歌声が屋敷中に響き渡る。
 ……はっきり言ってふたりともうまい。
 そこらの遊び女など裸足で逃げ出すくらいのうまさだ。
 その気になれば、セリオとだっていい勝負ができるだろう。

(だけどこいつら、セリオと違って騒々しいんだよな。 おまけに、人のリクエストなんか無視で、自分の好みの曲ばっか歌ってるし。 セリオやマルチはでしゃばったりしないもんなあ…)

 浩盛は、屋敷を出て行った姉妹のことを考えながら、思わずほうっとため息をついた。

 なでなで……

「え? あ、せりか御前か」

 いつの間にか側に来ていたせりか御前が、優しく浩盛の頭を撫でていた。

「…………」
「元気を出してください? 心配してくれるのか。ありがとよ」

(ちょっと照れくさいけど、いい気持ちだな。このまま、ずうっとなでなでしててもらいたいぜ…)

「こら、ヒロ! 何にやけた顔してんの!?……あんた、さっきから一曲も歌ってないじゃない?」
「そうよ、あたしたちにだけ歌わせて、ずるいわよ!」
「ずるいも何も、 さっきからふたりでずっと、カラオケの機械占領してたじゃないか?」
「男は小さいことでうじうじ言わない! ほら、歌いなさい!」
「立って、立って!」

 志保の局とあやか御前に引きずられるようにしてカラオケセットの前に立った浩盛は、この国第一の権力者にしてなお思い通りにいかないことがあるという浮き世の定めを、ひしひしと感じていたのであった。
 

りいふ本・平家物語 完
 

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