なんで見えるの?
食堂でみさき先輩と昼食をしていたのだが、なんだか背中が暖かい……
いや、暖かいというより熱い……いや、物凄く熱い!
「熱うううううぅっ!」
「大丈夫? 浩平君」
ふと自分の座っていた所の後ろを見ると、女の子がぺこぺこ頭を下げている。
状況から判断するに、この女の子がラーメンかうどんをこぼして俺の背中にかかったようだ。
「いいって、大丈夫だから」
それでもぺこぺこ頭を下げている女の子に、本当に気にしていないことを説明した。
「さて、教室に帰るか……」
はっし……女の子が上着の袖を握る。
「ん?……なんだ?」
「洗濯するって言っているんだよ」
女の子をみると、『うんうん』とうなずいている。
なぜわかる、みさき先輩……
いや、聞かないでおこう。二人の間を飛び交う怪しげなプラズマが見えるからな……
浩平ちゃん、電波届いた? (異界の謎の少女)
上着を女の子に持って行かれた次の日。
帰る途中に昇降口でみさき先輩と会ったので、話しをしていたら……
「みさき先輩ぃ電波レンジはやめてくれ、頼む」
「うーん、残念だよ」
「残念って……やれやれ。あ、あの女の子だ」
あの時の女の子だ。外から校舎内の俺たちの方に来ようとしている。
だが昇降口の帰ろうとしている大量の人の流れに逆行しているので、何度も人にぶつかっている。
その度にぺこぺこと頭を下げている。そのせいで更にぶつかっている……の繰り返し。
(恐ろしく礼儀正しくて、要領が悪い娘だ……)
それでも少しずつ進んで、ようやく俺たちの元にたどりついた。
「おい、大丈夫か?」
女の子はにこーっと笑って『だいじょうぶですー』と表情で示す。
(…………『ですー』って何?)
気を取り直して改めて女の子を見ると、紙袋と……ホウキを持っている。
ホウキをなぜ? 混乱している俺の眼には女の子の髪の色が緑に見えた……
この娘は来須川のメイドロボかい!…………だからぁ、いつものことながら何故知ってる俺?
電波劇場エンドレスワルツ
すで辺りが暗くなったころ、校門で校舎内に忘れ物をしたが怖くて入れないという澪に会った。
明日じゃ駄目という澪に、しょうがないので付き添ったのだが……
澪は何も無い所や暗闇を見て、さらに自分の足音にすらその度『びくっ』と体を振るわせる。
もちろん、俺の腕を『ぎゅうっ』と必死に握っている。(ちょっと腕がしびれてきたが……)
しかし、照明を点ける訳にはいかない。宿直の先生に見つかるかもしれないからだ。
(澪にとっては相当怖いだろうに。そんなに大切な『忘れ物』って一体……)
そうして考え事をしながら歩いていた俺の足に、なにかが『こつん』と当たった。
それは非常時用に廊下に置いてある消火器だったが、あっと思った時すでに遅く……
『ぐわ〜ん』
突然、無音だった廊下に響く大音響。
澪を見ると『あうあうあうあう……』と完全にパニクっている。
「いや、すまなかった澪。いまのは……」
ちりちりちりちりちりちりちりちりちり……
「はぐぉぉぉっ!電波ぁぁぁっ」
『びくーっ!』
ちりちりちりちりちりちりちりちりちり……
「みみ澪っ、だだだからいまのはぁっ!」
『あうあう……』
ちりちりちりちりちりちりちりちりちり……
電波を食らって絶叫する俺と、それを聞いて更にパニクって電波を乱射する澪の繰り返し……
ちりちりちりちりちりちりちりちりちり……
「いいかげんにぃぃやめてぇくれぇぇぇ……」
『ぐすっ……えっぐえっぐ……』
ちりちりちりちりちりちりちりちりちり……
ATフィールド
電波エンドレスを廃人寸前で切りぬけた俺達は、なんとか澪の教室にたどり着いた。
忘れ物はあのときの……スケッチブックだった。
そして『怖いの』といい帰れない澪に付き合い教室で夜を明かすことにしたのだが……
「澪? ……寝てしまったのか」
う〜んむにゃむにゃ……
ってもちろん澪は喋れないから言うわけはないのだが、完全に熟睡しているようだ。
「しかし年頃の娘が男と夜中に、他には誰もいないところにいるってのに……」
どうしてこう、この娘は警戒しないのだろう?
信頼されているんだなぁと思いつつ、軽いいたずら心が起こる。
いや、知的探求心に基づいた高度な欲求なのだ! 欲望ではない! と自己正当化しつつ澪に近寄る。
そして、澪に触れようとしたその瞬間…
ちりちりちりちりちりちりちりちりちり……
「ぐおぉっ?みみ澪っ俺が悪かったぁぁぁ……」
……? 澪は寝たままだ。ということはつまり……
「電波トラップ……心の壁ということか」
俺はそのままもんもんとしたまま、教室で朝まで過ごすことになった……
えいえんアウターゾーン
深山先輩に澪の舞台衣装を買うため、澪とおつかいに出された。
その際渡された大金を見て、うかつにも「今日は寿司だ、澪」なんて冗談を言ってしまい、
寿司好きの澪はその冗談を本気にしてしまったようだ。
舞台衣装に関しては問題なかったのだが……
くいくい……澪が制服の袖を引っ張る。
「なんだ? 澪。買い物は終わったぞ」
澪が何を言いたいかは気付いてはいるが、白々しく聞いてみる。
なぜなら、俺の自腹を切らなければならないからだ。それも寿司! 寿司だぞ!
深山先輩には「食べても良いけど、自腹でね」と冷静につっこまれたしな……
『お寿司』
澪はにこにことスケッチブックのページを見せる。
「い……いや、やめないか? 澪、部活に戻らないと」
ふるふるふるふる…… 澪は一生懸命に首をふり、必死に拒否の意志を示す。
「いやあ、いそいで戻らないとなぁ」
ううっ……澪の目に涙が出始めている。全く、そんなに寿司が好きなのかぁっ!
しかし、他の物ならともかく寿司はいくらするやら。断固として拒否しなければ……
「お寿司」
……? 俺じゃない。もちろん澪な訳はない。
周りを見渡すと俺たちのすぐ近くに、買い物中らしいおばさんがこちらを向いている。
そして、その口から……
「お寿司お寿司おすしおすしおすしオスシオスシオスシオスシ……」
(な、な、何なんだ? この人は? 新手の客引きか?)
驚き、硬直する俺に更に多方向から多重スピーカーのように…
「「「お寿司お寿司おすしおすしおすしオスシオスシオスシオスシ……」」」
商店街にいるさまざまな人、全てがこちらを向いて文字通り異口同音に機械的に発声している。
その様はまさしく『壊れたスピーカーの立体多重合唱!』
この原因はやはり……いや、間違いない!
「わかった澪! パックの寿司なら買ってやる!」
次の瞬間、澪が『わーい』と喜び「オスシ」の合唱が終わった。
他の人は立ちくらみか?と頭を振ったりしている。前後の記憶は無いようだが……
俺に直接くるよりはるかに怖い。
次の日『商店街で集団記憶障害! 葉っぱ教の謀略か?』との通称校内版東スポが出回った。
サード・チルドレン オブ パルス(用法めちゃくちゃ)
そうだ、あの時……俺は今まで忘れていて、澪は今まで忘れなかった約束を交わしたあの時……
それは俺がまだ小さいとき……母親と文具店の帰り、一人でブランコにいる澪を見たとき。
あの娘は喋れないって聞いて、なんとなくいたずらをしたのだが……
おおごえをだしたりしたり、ブランコを動かしたりしたけど、まったくおんなのこはうごかない。
しゃべれないどころか、この子はかんじょうもないみたいだ……
「おまえ、本当にしゃべれないんだな」
『…………』
「そうだ、明日の図工に使うからって今買ってもらったけど、これやる」
そういって、買ったばかりのスケッチブックを渡す。
「おまえ、名前は?」
女の子は、すこしためらいながら……しかし大きく書いた。
『澪』
「しかしおまえあれだけされて、すこしはおどろいたぁとかないのか?」
こんどは、割とすらすらと書く。
『私は3人目だから……』
平行世界よりの乱入者
必ず帰ってくる。だから……待っててくれるか?
……うんっ!
言葉は無くても伝わる想い。そして俺は最愛の人の笑顔を見て、えいえんのせかいへ……
……浩平が消え、澪は溢れてくる涙を必死でこらえていた。
『まっているの………いままでも、そしてこれからも』
――― そのころ、えいえんのせかいの浩平
「ごめんな、澪。…………ふっ、この展開。解っているさ、さあ電波をやってくれ!」
…………………………何も無い。
「何もなし? 本当に?……ふはははははっ! 澪ぉぉお前が一番だぁぁ」
ちりちりちりちりちりちりちりちりちり……(右)
ちりちりちりちりちりちりちりちりちり……(左)
「はぐぉぉぉっ……(左右)ってぇなぁにぃぃぃ……」
――― そのころ、現実?の世界……
「ひどいよ〜、浩平君」
「そうです、私の時はきちんとお別れの挨拶できなかったのに……」
「私もだよ〜。さらにデートの途中で消えちゃったんだよ」
「私は話の途中でプレゼントを残して消えられました」
「ちょっとしかえし。だね」
「はい、ちょっと。ですね……」
(くすっ)
(くすくすっ)
ちりちりちりちりちりちりちりちりちり……(×2)
二人ともぉぉ、これ澪編なんだよぉぉぉぉ……(泣)
言ってはいけない真実
えいえんのせかいで待っていたのは、幼女だった。
みずか? みさお? 確かに会ったことのある女の子だ。
「きたんだね」
「……ああ」
そう、幼いときの盟約。当の俺すら忘れていた。
『えいえんなんて、なかったんだ』
『えいえんはあるよ』
しかし何故今になって意味を成したのだろうか? 何故俺はこのせかいに来ることになったんだ?
女の子の次の言葉は、その疑問に対する回答だった……
「やっぱり、ロリコンだったんだよ」
………………否定できない。(泣)
俺は保温機かい(浩平)
春のうららかな日差しのもと、澪と公園にくりだした。
澪は、『ちょっとみてくるの』と周りの桜を見にいった……
「はぁ、もう春だな…って年寄りくさ」
だが春だ。花に囲まれ、風が吹けば寒い、そして日が当たれば暖かい。
ちりちりちりちりちり……
そう……いまの俺の背中のように……
ちりちりちりちりちり……
って暖かいじゃなくて、熱いような……
ちりちりちりちりちり……
熱い。いや、更に熱くなってくる!
まったく……
「澪! 電波レンジはやめろって言ってるだろ!」
首だけ振り返ると、案の定そこにはにこにこ笑顔の澪がいた。
しかし澪は、俺の背中に抱きつき、スケッチブックのページを見せた。
『背中 あったかいの』