殴られるより痛いです(カワウソ)
「やっぱりやめとくわ。あなた達好みじゃないし」
「いいのかよ、そんなこと言って」
チーマー達の雰囲気が変わった。が、綾香は気にせず続ける。
「だいたいね、あんた達全般的にに個性がないのよ」
どがっ
「判を押したようにちゃらちゃらしちゃって、人間軽いの丸出しなのよね」
ごすっ
「見た目は百歩譲っても脳味噌使っていないのその言動、どうにかなんないワケ?」
ばきっ
「どうせ一人じゃ街中歩くのだってビクついているんでしょ」
ざくっ
「そんなだからこうでもしなきゃ誰からも相手にされないのよ!」
ちゅどどど〜ん
「腑抜けた性根にちょっとだけ渇入れてあげるわ。かかってらっしゃい……ってあら?」
拳を交える前に若者達は撃沈されていた。
何ともかっこ付かないね
「俺には好きな女性(ひと)がいる」
そう言うと耕一は横に置いていたコートを手に取り、席を立った。
「あっ。ここの払いは……」
「バイトがあるからこれで」
言うが早いか、出口へ向って逃げていく。
後には飲みかけのコーヒーとミルクティー、ハンバーグランチ、サンドイッチ、ミートスパ、ポタージュスープ、チョコレートパフェ等の空き皿、そして青年の背中を見つめる綾香だけが残された。
「あの野郎、ただ食いしてったわ」
捕まりたい人手をあげて
最初の三日間こそ、綾香につき合い喫茶店や公園などでバイトが始まるまで時間をつぶしていたが、昨日今日と当てもなくぶらぶらと街を歩いている。耕一はこの間も街中で鬼の波動を追い求めていた。
犯人を見つけられないいらだちと寝不足が青年を無思考にしていく。
「ねえ、疲れて来ちゃった。そこのホテルで少し休まない?」
「……ああ……そうだな」
「(キラリン)」
3ヶ月後、綾香と耕一のおめでた入籍が電撃的に発表された。
そしてその翌日、耕一が半死体で淀川に浮かんでいた。
来栖川姉妹の真実
耕一と別れてからも綾香は一人で公園のベンチに座っていた。
一人でいたい。
そんな気分だった。
家に帰れば姉と顔を合わすことになる。
いつもぼうっとして何も考えていないような姉だが人の下僕にちょっかいを出すのは誰よりも迅速だ。
自分がせっかく見つけた下僕を大好きな姉に盗られるのがこの少女には我慢が出来なかったのだ。
無駄ってことがわかんないかな?
「嫌でも付き合ってもらう」
やるか、退くか……少女は迷う。
逃げる!
ダッシュを仕掛け綾香は一目散に逃げ出そうとした。
バキッ
彼は私の獲物です
呪われた鬼の血に翻弄された従姉妹達をこの事件に巻き込むわけにはいかない。
耕一はベッドの枕元の棚に置いてある写真立てを見つめた。
その中には耕一が守るべき人たちが写っている。
そしてリバーシブルになっているその写真立ての裏では、彼が愛した女性(由美子)が彼のためだけに微笑んでいた。
えっ! 由美子さん、何時の間にすり替えたんだ!?
「耕一君は私がGETするの」
策士、策に溺れる
『あんたの大事な女は預かった』
「何を言ってるんだ?」
『由美子って言うんだってな。横で怖い顔して俺を睨んでるぜ』
「おい、どういう事だ!? 由美子さんと俺は何の関係もないぞ」
『ちょっと、なんでそうなるのよ!!』
『うわっ、こら、なんだいきなり!!』
『耕一くん! 必ず来て!! こいつは例の殺人犯なの。ようやく見つけて捕まえてもらったのよ。囚わ
れのお姫様を王子様が救うのよ。とにかく絶対来て!!!』
「……好きにしていいよ。その女性(ひと)」
『……いらねぇよ』
彼はとにかく私の獲物です
「ダメだ! そんな事出来やしない」
大きく首を振ったその視界に写真立てが飛び込んだ。
いつ、裏返したのだろう? 幸せそうな笑顔を浮かべる由美子さんが唯一人立っている。
って、また勝手に替えやがった。
勢い余って制御ならず
車体に張られた装甲板はNATO軍採用のアサルトライフルの鉄鋼弾を弾き返し、厚さ1cmもある特殊強化ガラスで出来ているウインドゥは至近距離からの44マグナムをもくい止める。
そのウインドゥが悲鳴を上げたのだ。
そして……
ピシッ
小さなひびが入ったと思った瞬間、運転席ドアのウインドゥは粉々に砕け散った。
突き出された右手はハンドルをがっちりとホールドする。
ベキッ
勢い余ってハンドルがもげた。
「(汗)……」
「……(怒)」
長瀬の右手がスイッチを入れた。車体の横から炎が噴き出す。
耕一は巨大な炎の塊となると、倒れてピクリとも動かなくなった。
7研特製?
「しかもあの変態野郎! 早く着かないと綾香の身ぐるみ剥ぐと言いやがった!」
「なんだと!!」
耕一の頭がヘッドレストにめり込んだ。
8万馬力を越えるエンジンが吠え、リムジンはロケットの如く加速する。
コンスタントに時速140kmを指していたメーターの針はあっという間に28000kmを越えた。
「おい、琵琶湖が見えるぞ! なんだ、あそこにあるのは朝鮮半島じゃないのか!?」
「わはははっ! このリムジンはロケットにもなるのだ」
やっぱり女王様?
10m四方の何もないがらんどうの部屋の奥に二人はいた。
犯人は両手首をロープで縛られ天井に備え付けてあるホイストに宙づりになっている。俗に言う亀甲縛りという状態の姿は男の被虐心を如実に表していた。
その犯人のすぐ横に鞭を持った綾香が立っている。
「もっとだ、もっとぶってくれぇ!!」
「もう、いやぁ〜!!誰か速く来てぇ!!」
ぴしぴしぴしぴし……
「セリフの割には的確に操っているな……」
「綾香お嬢様の得意技の一つだ」
我が肉体に一片の隙無し
「じじい、命は大切にするもんだぞ。大人しくすりゃあ、殺すのは最後にしてやる」
誰何の声を無視されたままだった男はそれを気にする風もなくいけしゃあしゃあと言ってのける。
「おい、若造。奴を儂が引きつけているうちに綾香様を助けて逃げろ。それくらいは出来よう?」
耕一に耳打ちするや、長瀬は弧を描くように左へと回り込みながら上着を脱ぎ捨て蝶ネクタイを引き抜く。Yシャツをむしり取り、ズボンを脱いだ長瀬はビキニパンツ一張でポージングを決めて言い放った。
「来いっ! 尻に青痣が残る小僧よ!! 貴様に漢(おとこ)の世界を教えてやる」
「絶対にいらない」
耕一と男のツープラトンツッコミが見事にハモった。
それはごもっとも
男が地面に転がると同時に、耕一は8mの距離を二歩で跳び綾香の脇に着地していた。
すぐさま、両腕を縛るロープを引きちぎる。
どさりと綾香はその場に崩れ落ちた。
「大丈夫か?」
「え、ええ……」
耕一は着ていたダッフルコートを脱ぐのを手始めに次々と着ている物を脱ぎ捨てる。
「何をする気?」
「据え膳食わぬと後が怖いからな」
「もう、馬鹿……」
グシャ
「$∞♀★§&#£%▲□◎・↓〒▼∩⊇∃∀∫∽≫!!」
「こんな時に迫るんだったら素直に落ちなさいよ!!」